本当のことを…

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本当のことを…

俺は、最上階のマンションの階段に座って煙草を吸っていた。 何故、ここにいるのかっていうと…。 一ヶ月前、髙木麗子(たかぎれいこ)がこの場所から飛び降りて亡くなった。 俺は、麗子と二ヶ月前まで付き合っていた。 麗子が亡くなったのを連絡してきたのは、麗子の親友の町田奈々美(まちだななみ)だった。 俺は、携帯灰皿で煙草を消した。 「麗子…。お前になりたいよ。なったら、わかるだろ?何で、死んだのかってさ」 俺は、そう言って麗子が好きだった甘ったるい缶コーヒーを開けて飲む。 「別れようって言ったのは、お前だったろ?」 30歳になったから、別れようと俺に言い出したのは麗子だった。 俺は、麗子と別れたくはなかった。 けど、麗子のこれから先を考えると別れた方がいいという判断をした。 俺は、麗子よりも七歳年上だ。 そして、バツイチ。 七年前に俺は離婚した。 元嫁からの罵倒がすさまじく耐える事が出来なかった。 それから、もう二度と結婚をしないと決めていた。 麗子とは、三年前に知り合った。 麗子も、また結婚をしたくない人間だった。 引力に引き寄せられるように恋に落ちた。 それなのに………。 三年前の記念日に麗子は、俺に「別れよう」と言った。 引き留める事が出来なかったのは、麗子の事を考えたからだ。 子供だって欲しいだろう。 両親に結婚式だって見せたいだろう。 そう思うと俺は、麗子に「別れたくない」って言えなかった。 「甘すぎな」 俺は、そう言って麗子の好きだったコーヒーの缶を置いた。 煙草に火をつける。 「麗子になりたいよ。そしたら、麗子が考えてる事。全部わかるだろ?何を考えてた?何に悩んでた?」 目の前に置かれた花束を見つめながら、俺は言った。 「雅ちゃん、また、ここか…」 俺は、その声に顔を上げた。 「何だ、信か…」 やってきたのは、親友の松木信矢(まつきしんや)だった。 「雅ちゃんのお母さんが心配してたから…」 そう言って、信は真っ白な花束を供えてから手を合わせている。 「そうか」 俺は、煙草の火を携帯灰皿で消しながら信を見つめていた。 「そこいい?」 「ああ」 俺が座ってる場所の下に、信が座った。 「雅ちゃん……。何が知りたいの?」 「死んだ理由だよ」 俺は、甘い缶コーヒーを飲みながら、信に話した。 「そんなのは、麗子ちゃんにしかわからないよ」 「だから、ここに来てるんだよ」 「来たら、わかるの?」 「さあな」 俺の言葉に信は、俺を見つめながら「立川雅彦(たちかわまさひこ)、君の考えは間違ってる」と指をさしてくる。 「指差すのやめろ」 「懐かしいだろ?」 「だな」 それは、小学生の頃に流行ったドラマのワンシーンだった。 推理をする探偵が、犯人に向かっていう一言だった。 「麗子になれるかなって思ったんだよ。ここに来れば、麗子になれるかなって…」 俺の言葉に信は、「それは、無理だよ」って笑ってから煙草に火をつけた。 「わかってるよ。無理だって」 俺が、そう言って話すと信は俺を見つめてこう言った。 「なぁ、雅ちゃん」 「何だ?」 「空が青いだけで死にたくなるんだってさ…」 その言葉に俺は驚いた顔をしてから、目の前を広がってる雲一つない空を見つめていた。 「そんな理由…」 「そんな理由なんだって」 そう言いながら、信は携帯灰皿をポケットから取り出して煙草を消していた。 「そんな事で、命を捨てるのか?」 俺の言葉に信は、わかってないなって言いたそうな顔をした。 「雅ちゃんには、そんな事でも…。本人にとっては深刻なんだよ。例えば、俺が誰にも言えないぐらい悩みを抱えていて、それで自分が汚い存在に思っていたとしたら…。この空を見たら死にたくなるだろうね」 俺は、信の言葉が理解できずに首を傾げる。 「雅ちゃん、人間なんて他人の考えなんか一生わからないものなんだよ」 「それは、愛し合っていてもか?」 「愛し合っていてもだよ」 信は、そう言って俺を見つめる。 信は、ポケットから、ブラックの缶コーヒーを取り出した。 「こんな真っ黒な心だったら、この青に殺されちゃうよな」 信は、そう言って缶コーヒーを空に向けるようにしながら開けた。 今の言葉で、信が言った言葉の意味が理解できた気がした。 「雅ちゃん、人間は理解しようとするだけなんだよ。誰かと分かり合うなんて不可能なんだよ。ただ、俺達は理解しようとするだけ…。それが、フリであろうがね」 「信…」 「そのカラクリを知っちゃったら、世界に絶望するよね。だってさ、自分の事を本気で考えてくれてる人間なんてほとんどいないんだよ。恋人だって、夫婦だって、家族だって、友達だって…。結局、みんな自分が一番大事なんだよ」 「麗子は、それで死んだっていうのか?信」 「さあね。俺には、麗子ちゃんの気持ちはわからない」 そう言うと、信はコーヒーを飲んだ。 「ただね、一つだけ言えるのは、みんな自分が一番可愛いってだけ。愛してるふり、心配してるふり、優しいふり、理解するふり…。で、勘違いしちゃった優しい人間は、それが真実だって思って覗いちゃうんだよ」 「そしたら、虚しくなるって事か?」 俺の言葉に信は、頷いている。 「それを見ちゃ駄目なんだよ!見ちゃうと苦しいだけだから…。悲しいだけだから…。生きたくなくなっちゃうから…」 信は、そう言ってコーヒーをいっきに飲み干すと煙草に火をつける。 「正直、男は抱きたいから愛してるって言うんだよ」 「ふざけんなよ」 「本当の話だって…。ほとんどがそうなんだって…。そいつといるとなにかメリットがあるから付き合うんだよ。デメリットばっかりだったら、いらないわけだよ」 「信」 俺が怒っても信は、話をやめずにいる。 「アクセサリーみたいな感覚で、子供を産むやつもいるし、恋人を作るやつもいる。優しいとか優しくないとか愛されてるとか…。俺から言わせれば全部クダラナイよ」 「信……」 「雅ちゃん、悲しい顔するなよ!人間なんてそんなもんなんだって…。それを愛されてるの幸せなのって言って生きていける奴等は幸せなんだよ」 信は、そう言って煙草を消した。 「表面だけ見てれば幸せなんだよ!それをさ…」 信は、立ち上がって麗子が飛び降りた場所に行く。 「こうやって、覗き込もうとするから死ぬんだよ」 「やめろ」 俺は、体を乗り出そうとした信を止めた。 「これだよ」 信は、そう言って俺の掴んだ手を握りしめる。 「簡単な事だよ。麗子ちゃんには、あの日こうやってくれる人がいなかったから、ここから死んだんだ」 俺は、その言葉に固まっていた。 「嘘でもふりでもなんでもいい。あの日、やめろって言ってくれる人がいたら…。麗子ちゃんは生きてたんだ」 その言葉に、俺は信の腕から手を離した。 「雅ちゃんは、覗かない方がいいよ。表面だけ見て生きるんだ。空の青さに殺されないように…」 そう言って、信は帰っていった。 俺は、その姿を見つめていた。 「わかってるよ。人間なんて自分しか愛せないって…。それでも、誰かに寄り添うふりを続けなきゃ生きていけないんだよ。じゃなきゃ、一人になっちゃうだろ?」 俺は、煙草に火をつけた。 ポケットから、麗子の写真を取り出して見つめる。 「麗子が覗いた世界は、最悪だったんだな」 俺は、携帯灰皿で煙草を消して立ち上がった。 甘い缶コーヒーを飲み干して立ち上がった。 「麗子、俺は覗かないよ。お前が見たものを…」 俺は、空を見つめながら呟いて、歩き出した。
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