木嶋秀樹の自慢話~カラスたちの戯れ外伝~

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木嶋秀樹の自慢話~カラスたちの戯れ外伝~ 「今は時代が変わったよな。おれの常識じゃあノーレートなんて考えられないし、地上波で真昼間からプロの対局が観られるなんて、そんな時代が来るとは思いもしなかったよ」  酔っ払いながら安い飲み屋でプロ麻雀のダイジェストを観ると、決まって男はそう言った。男の名前は木嶋秀樹(きじまひでき)(46歳) 「ヒデちゃんは麻雀観るの好きだよなあ」 「そりゃ、好きさ。だってな、この番組作った人と会ったこともあるんだぜ。…あの頃はハッキリ言っておれは最低な人間だったけどな。でも、今になって考えたら…やあ、やっぱり最低だったよ!ははは!……お!ケイちゃんは今日トップ取ったんだな。良かったあ。ケイちゃん良かった~。ははっ」 (このおじさんいつも丸山圭一郎プロをケイちゃんって言ってるけど、なんなのかな)(分かんない)とヒソヒソと店員さんが話している。ちなみにヒデは地獄耳だ。 「あのさ、ケイちゃんとおれはクラスメイトで学生時代からずっと、いつものようにつるんでたんだよ。ユースケも一緒の三人組で。バカばっかしてたよ。ほら、今日解説してるコイツ。これ、ユースケな」 「へえー。おっちゃんスゲーんだなー」 「おれはただの何者にもなれなかった男だよ。好きだった麻雀も結局弱いし、惚れた女とも…結婚して子供も1人いたのに離婚するし、仕事は転々として続かない。安アパートで一人暮らしの。ただの猫好きなおやじさ」  うつろな目をしてヒデはそう言った。その顔は決して暗くはなく、むしろ、そんな人生も悪くなかったよな。と言っているようだった。 「じゃあ丸山プロとユースケプロの他にも知り合いとかいたりしないの?」 「あー、いるいる。スゲえのがいるよ。何を隠そうおれは南上コテツと対局したことがあるんだぜ。すげえ勢いで負けたけどなァ」 「えーーー!!スッゲーー!いいないいな!」 「そんときヒック!に西川アキラもいたんだよ、あの頃はコイツらが…こんな大物になる…とは誰も思ってヒック!なかっ…たなぁ」  そう言っているヒデはもう酔っ払って寝る寸前だった。迷惑ではあるがいつもの事なので気にしないどころか店員さんは大きめのブランケットをそっと掛けてくれた。 ーーーーー ーーーー ーーー ーー 「ハンデはあげる。君らは30000点、おれは10000点スタートでいい」 「まいりました。兄さん」 「おれたちはプロになるよ」 「おまえも受けてみないか」 ハッ! (なんだ夢か。…ずいぶん前の記憶を見たな。コテツは悪魔のように強かったし、あのケイちゃんを従えたという人間性も凄かったなあ。  ケイちゃんとユースケはずいぶん強くなってプロになったけど、おれはずっとハンパもんだ…でも、それでも…) 「…そんな生き方も、悪くはない」とヒデはポツリと呟いた。 「帰ろ。悪いな今日も寝ちゃって。お勘定」  そう言うとヒデはポケットから財布を取り出して万券を店主に渡した。 「いいんだよ、また明日も来てくれよな」 「明日は仕事ないから来ないかも。でも雀荘に遊びに行ったら帰りに寄ると思う」  店主はニコリとして 「勝ってくること祈ってるよ!」と言った。 「そしたらその祈りを無意味には出来ないし、明日は麻雀しに行くしかないなあ。言っておくけど、おれは弱いんだぜ」 「だからこその応援さ」 「確かに」  引き戸をガラガラと開けてフラフラと千鳥足で店を出る。 「ありがとうございましたー!」 「またなー」と言いヒデは手を上げる。 (全然悪くないさ。おれの人生。確かに金はないし、独り身だし、得意なこともないし、酔っ払いだよ。でも、アイツらのこと応援してるだけで熱くなれるんだ。まして、あの天才たちの人生におれは参加したことがあるんだ。すげえだろ。一生の自慢さ) 「そう、一生の自慢だよ…ケイちゃん。ユースケ…。頑張れよおー!」    そしてまた、麻雀に負けていつもの飲み屋で安酒を飲む。そんな人生だけど、自分なりにはーーー (おれだって。楽しんでいるさ。隣に引っ越してきた山口さんの飼い猫も最近ではやっと懐いてくれて、幸せさ)   ーーーこれは、どこにでもいる。何者にもなれなかった男の何回でも話したい大好きな自慢話。 了
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