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「おまたせしました~!こちら、ご注文の.....えーーっと.....ニンジンと玉串のマリオです!」
「ニシンと玉ねぎのマリネですね」
掛井さんは人参と榊で一体なにをつくるんだ....などと思いながらも、隣の見慣れない客が注文したこれまた見慣れない料理を横目で追う。
「ありがとうございます」
抑揚のない、けれど暖かい声。
礼を言って料理を受け取り、もういちど掛井さんに目で礼をする。
掛井さんはなぜか頬を桃色に染め、小走りにカウンタの奥へと戻っていった。
女の子すらドキリとしてしまう動作。先刻「人形のようだ」と言ったが訂正しよう。彼女は人間らしい人間だ。
客は丁寧に「いただきます」と手を合わせてからスプーンを手に取り、一口。
途端、客の目にらんらんと光が浮かび上がった。
眼を輝かせ一口、また一口と急かされるように何度もほおばる。
俺は正直酸味が嫌いなのでその美味しさがまったくもって理解できないが、きっと彼女の中では未体験の美味だったのだろう。もう箸が、あいやスプーンが止まらない。
遠くでマスターが喜んでいるのが目に映る。こんなにも美味しそうに食べるのだ。腕を振るった甲斐があるだろうな....
「ごちそうさま」
そう思っているうちに、客はあっさり完食してしまっていた。
すがすがしいほどに空っぽになった皿。葉の一枚、骨のひとつすらない完璧な「完食」だ。
客はペーパーナプキンで口元を拭き、ふぅ、と一息ついてひと段落。
これは喫茶店でなく大食い選手権ででもやるべきだな....
なんてしょうもないことを考えながら、謎の客を見ていると。
「....いつまで見てるんです?」
話しかけられてしまった。
怪訝な顔でこちらを見つめてくる客の顔。
こうして正面から見ると、いっそう美しさが際立って見える。
俺は冷静を保ち装いつつ言い訳を始める。
「いや、失礼。あまりにも君が美味しそうに食べるものだから、つい見入ってしまった。謝罪しよう」
ここで「変な奴が来たから気になってみてた」とはいえるはずがない。
ここは誤解を解いてもらい、穏便に終わらせよう。そう思って発言したのだ。
しかし、かえってきた言葉は俺の想像をはるか上回るものだった。
「言い訳ですね」
蒼の瞳がまたたいた。
「そんなことだからいつまでたっても売れないのですよ、ミナノ観夏吾さん」
胸の内に、冷たく心地の悪い感覚が走る。
驚きというより、謎だった。
咲良座毬音の口から、俺のペンネームが飛び出たのは。
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