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百貨店の前の通りには、多くの人が行き交っていた。家族連れやカップルなど、どの顔にも笑みが見られた。
私はくるりと振り返る。大きなウインドウ越しに、高級ブランドショップが見える。そこには指輪やブレスレットが並び、照明の光で輝いていた。
その中でも目につくのは、ピンクゴールドのネックレスだった。胸のところに2つのリングがついたシンプルなデザイン、自分がつけているところを想像するが、値段を見て、その想像は泡のように消えた。
「おはよう、菜々子」
顔を左に向けると、そこには隆史がいた。
「あ、おはよう、隆史」
「はは、またそのネックレスを見てたのか」
「いや、うん、ごめん」
「謝ることないって。俺の事業が成功したら、買ってやるから」
彼はそう言って、優しく微笑む。その表情を見て、私の胸がポッと暖かくなる。
「うん。ありがとう」
例え叶わないことだとしても、その言葉は私にとって嬉しかった。
私と隆史は、雑踏の中を、体をくっつけて歩いていく。
「実は、今日は、大事な話があるんだ」
隆史が突然にそう言った。
「大事な話?」
「そんな顔しないでよ。良い話だから」
私はハッとする。自然と表情がこわばっていたのかもしれない。
「あ、ごめんね。それで、話って何?」
「それは、喫茶店に入ってから話すよ」
「分かった」
良い話。いったい何だろうか。事業が上手くいきそうなのだろうか。それとも、結婚? 私の頭に、色んな妄想が広がる。
喫茶店に入り、一番奥の席につく。そして、私も隆史も、カフェオレを頼んだ。
「実は、大きな契約が取れそうなんだ」
隆史が、少しはにかんだ表情でそう言った。
「大きな契約?」
「そう、この仕事が上手くいけば、会社も軌道に乗りそうなんだ」
「本当に! すごいね。良かった」
良かった。ようやく隆史の仕事が上手くいく。ここまで支えてきて良かった。全て、これで、報われるんだ。
「それで、ここからが、大事な話なんだけど」
彼の声のトーンが少しだけ下がる。
「この契約を取るには、ある程度まとまったお金が必要なんだ。そこで、菜々子にお金を貸してもらえないかと思って」
「まとまった、お金?」
「うん。100万円あれば大丈夫だと思うんだ」
100万円。そのあまりの金額に、私は言葉を失う。
「軌道に乗れば、すぐにそのお金も返せると思うんだ。だから安心してほしい」
隆史は、いつもと変わらない笑顔を私に向ける。
隆史のためには何でもしたいと思っている。しかし、いきなり100万円を貸してほしいと言われても、即答できるはずもなかった。
「ごめん。ちょっと考えさせてほしい」
「うん。分かった。ただ、時間がないから、できれば明日までには決めてほしいんだ」
明日まで。そんなに急ぎなのか。
「うん。分かった」
私はゆっくりとうなずく。分かったと言いつつ、明日までに決めるなんて、とてもできないように思えた。
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