チェーン・ラブ

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私は駅から家までの道をゆっくりと歩いていた。日差しはあったが、空気は刺すように冷たい。 隆史とのこれまでのことを振り返る。駅でハンカチを拾い、食事をごちそうになった。そして、告白をされて、付き合うことになり、毎週デートをして、彼の隣にいることができた。男性と付き合うなんて、全く縁がなかった私は、いつもドキドキしていた。初めて手を握った日、初めて誕生日プレゼントをもらった日、初めて一夜を共に過ごした日、全て鮮明に覚えている。隆史はいつも、私の心を満たしてくれていた。 私はアパートの階段をのぼっていく。急な石の階段は、いつもよりも足取りが重く感じた。 騙されていたなんて、言われなくても分かっていた。それでも私は最後まで、彼を好きでいたかった。彼が私といた時間は、全て演技だったのかもしれない。あの笑顔も、優しさも、偽りだったのかもしれない。それでも私は一緒にいたかった。もう隆史と会えないと思うと、胸が張り裂けそうだった。隆史との思い出だけが、私の心を支えていた。 部屋に入り、ソファに座る。体が重い。やるべきことはたくさんある。しかし、立ち上がる気力もなかった。 その時、玄関のドアの向こうから足音がした。隣人だろうかと思ったが、私の部屋のちょうど前で、足音が止む。宅配便などであれば、チャイムを鳴らすだろう。しかし、その様子もない。やがて、足音が再び聞こえ、遠ざかっていた。 私はおそるおそる、玄関に近づく。なぜ、私の家の前で立ち止まったのか。誰だろうかと考えた時、一人の名前が浮かぶ。まさか、そんなことが、あるのだろうか。心臓の音が、少しだけ大きくなる。私はゆっくりと、ドアを開ける。 廊下には、誰もいなかった。凍てつく風が、私の体を撫でる。何だか拍子抜けしてしまう。違うフロアの住人が、酔っ払って家を間違えたのか。ドアを閉めようとした時、足元に、何かが置いているのに気づいた。それは、白い紙袋だった。そこに書かれたブランド名を見て、私はドキリとする。それは、あの百貨店でいつも見ていた、ブランドショップの名前だった。 紙袋を拾い上げ、中をのぞきこむと、小さな箱が入っていた。その箱を取り出して、蓋を開ける。それは、ネックレスだった。見覚えがある、なんてものじゃない。私が、いつも、あの百貨店で、彼との待ち合わせ場所で、いつも眺めていた、ピンクゴールドのネックレスだ。これを私に買ってくれる人なんて、この世に一人しかいない。でも、なんで、まさか、そんな。感情が、胸の奥から溢れ出す。悲しみか、驚きか、寂しさか、自分でも分からない感情が、まぶたを震わせ、視界がかすんでいく。 「隆史……」 私はその場に座り込む。ネックレスが入った紙袋を、ぎゅっと抱える。 「どうして。どうしてなの」 私は、泣き叫んだ。叫んでも、心が落ち着くことはない。情けない声が、静まり返った廊下に、寂しく響いていた。
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