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亜空間に身を投じ呼び鈴を押し続ける桃香は
イライラを抑えきれず呼び鈴よりも大きな声で
「摩訶ねえ!
摩訶ねえ!いるんでしょ!?」
容赦無く、呼びつけた。
すると、色とりどりの花が咲く花壇の向こう側のキッチンの扉が開いた。
長いフレアスカートに白い長いエプロン姿の摩訶ねえが顔を出した。
「あらあら・・桃の香り・・・」
摩訶ねえはいつものようにそう言って桃香を招き入れた。
桃香はキッチンの扉から中に入ると
お気に入りの大きなダイニングテーブルの一番好きな椅子に腰掛けた。
摩訶ねえのキッチンは薬草や木の実でいっぱいだった。
キッチンの主役の大きなオーブンは黄金色に焼き色が染み付いている。
摩訶ねえは人差し指を並んだガラス瓶の表面に滑らせると
その中の一つに指を止めた。
「おこりんぼの桃香にはこの紅茶を配合しましょう。」
静かに微笑むと赤瑪瑙のような紅茶を入れて差し出した。
ふんわり穏やかな香りを素直に受け取った桃香は
温かさと美味しさに心を落ち着かせると改めて話し始めた。
「あのね、ヒロミのせいで自分が非常識な人間に思えて堪らないの。」
桃香は悔しそうな恥ずかしそうな目で摩訶ねえを見つめると
ふっと視線を外した。
「今月でお世話になったナースが退職するのよ。
彼女はスカーフをコレクションされてて、
ご本人もいつも素敵に着こなしていらっしゃるから
トレードマークになっていたの。
だから、みんなからの贈り物はスカーフにしようって決めたのよ。」
そう言って、桃香はスカーフのカタログを広げて見せた。
「私はこの、カシミアシルクの絵画のようなデザインを
コレクションに加えて差し上げたいと思ったの。
そしたら、ヒロミがそのスカーフは素敵だけどこっちの
異素材でいいと思うって言うのよ。
肌触りが全然違うのにって力説しようと思ったら
ヒロミが私に耳打ちしたの。」
桃香は一口、そっと赤瑪瑙の紅茶を口に含んだ。
「ちょっと、お高いからご本人の負担になると思うって。」
言葉に詰まった桃香は、続けて
「私、素敵なものは素敵じゃない!って思わず言っちゃったの。」
桃香の声がわずかに震え始めた。
「そしたら、、ヒロミったら、私を憐れむような目で見るのよ。」
堪えきれずに、桃香の瞳から綺麗な涙が一粒零れ落ちた。
摩訶ねえは慈しむように微笑むと
「あなたたちは昔から仲がいいのにいつも同じところで躓くわね。」
そう言って庭に出ると白いアベリアを小さな花束にした。
「アベリアの花言葉は謙虚、謙譲、、、
桃香の感性も思いも決して間違っているものではないのよ。」
桃香に優しく手渡すと
「わかっているのに咎められて、恵まれて育ってきた事に気づくのね。」
幼馴染のヒロミは特にお金持ちの家で育ったわけではなかったが
2人は気が合っていつも一緒にいる。
でも、こと金銭感覚に関しては桃香は常人を逸していた。
「2人で買い物に行ってらっしゃい。
喜んでくれる贈り物をもう一度考えてみて。
桃香が言うようにスカーフの最高峰も素敵だけど
手にとっていただけるものの中から
申し分ない素敵なものも街にはたくさんあるわよ。」
桃香は花束を見てつぶやいた。
「謙虚・・謙譲・・・敬う気持ちを伝えたい・・のに。」
「そうね。 お世話になった気持ちが伝わるといいわね。」
摩訶ねえはそういうと
温かい赤瑪瑙の紅茶をもう一度入れてくれた。
まだ時間はある。
桃香はヒロミに会いにいく事に決めた。
携帯を握るより会いに行った方が速い。
そう思い立ったら走り出していた。
母屋に向かって庭を駆け抜けると
そのまま家を通り越して門に向かった。
オートロックの門扉が桃香に反応して滑らかに開いた。
スローモーションのようにゆったりと門扉が開く。
何て話そう・・
思いを巡らせ外に踏み出そうと顔を上げると人影が目に入った。
ドラマのワンシーンのようなタイミングに桃香は思わず息を潜めた。
桃の花の花束を手にしたヒロミが
桃香を見つめるとにこっと微笑んで花束を軽く指差した。
「わかる?」
桃の花の花言葉は桃香も知っている。
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