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「刑事さん、あの女何て言ったと思いますか?」
取調室、俺は目の前に座るスーツの刑事にそう問いかけた。
すると刑事は肩をすくめただけで何も言わない。俺の気持ちを理解しようとする素振りを少しも見せない刑事に苛つきながら俺は答えを教えてやる。
「“あの、どちら様ですか?”ですよ? ふざけてますよね。まるで俺のことなんて知らないみたいに……もっとましな嘘をついたらどうなんだって話ですよ。俺がそんなので騙されると思ってるのかアイツ。だけど、そんなこと言われたらカッとなっても無理ないですよね?」
同意を求めたが、やはり刑事は黙っていて俺のことを冷たい目で見つめるだけだ。
「俺の方が被害者なんです。俺は優花がアプローチをかけてきたから付き合ったんです。既婚の子持ちだなんて知らなかった、知っていたら付き合いませんでした。俺は優花のこと本気だったんです……なのに、騙されて、馬鹿にされて。あの女がいけないんです、酷い女だよ、全く」
「……アプローチって?」
ずっと黙っていた刑事がようやく口を開く。
それはもう何度と聞かれたことだが、そんなに俺と優花の馴れ初めを聞きたいのなら仕方ない。俺も惚気話をしたいタイプだし。
「俺の誕生日に、彼女がバイト先のコンビニへ客として来たんです。レジでの会計の時、小銭を落とした俺に嫌な顔ひとつせずに“大丈夫ですよ”って微笑んでくれました。その時に分かりました、この子は俺のことが好きなんだって」
当時のことを思い出すと胸が幸せで満たされる。それから俺は彼女のことをひっそりと調べ、連絡をする仲になり、交際へと至ったのだ。
だけど──。
「病院で被害者が目を覚ました。彼女は君のことなんて全く知らないと言っているし、コンビニでの出来事も“そんなこともあった気がする”と答えているようだ。……つまりは全て君の勘違いだ」
淡々と紡ぐ刑事に俺はぽかんとしてしまう。
俺を知らない? コンビニでの出来事も“そんなこと”?? 全部俺の勘違い??
「そんなことありません!! 刑事さん、あの女に騙されたらいけない! あの女は人を騙す酷い女なんです! だから俺を知らないというのもあの女の嘘なんです!!」
椅子から立ち上がり必死に訴える俺に、刑事は哀れな生き物を見るかのような視線を向けてくる。
あー、くそくそくそっ!! 皆あの女に騙されているっ!! 俺が、俺こそが正しいのにっ!!!!
≪終≫
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