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シン…としていた。
他人事ながら気まずい。
「…」
彼は緊張のあまり、声が出てこない様だ。
小柄でメガネで俯いている。
ぱっと見、こんなイベントに出る様な雰囲気ではない。
シンとしていた会場は、なかなか始まらないパフォーマンスに痺れを切らしざわつき出した。
「えー…どうですか?いけますか?」
司会の女性が声をかけると、ステージ上の彼は自分自身に確認するかの様に何度も頷いた。
「宮久悟です。よろしくお願いします」
曲が流れ始める。聴いたことがない。
オリジナル曲らしい。
イベント内の"家族への感謝を歌おう"と言うワンコーナーは残すところあと1人。
出場者は事前エントリー制。
カラオケの替え歌でも、オリジナル曲でもどちらでも大丈夫だったが、この宮久さんが7人目にして唯一のオリジナル曲でのパフォーマンスだ。
リズミカルな曲に乗せて、宮久さんは歌い出す。
「え⁈ラップ⁈」
会場がどよめく。
娘や妻に話しかける様に彼は歌う。
コミカルな歌詞にみんなが笑いだす。
奥さんへの謝罪、感謝。娘への愛情。
弾ける様な笑顔につられてしまう。
何でだろう?笑ってるのに涙が溢れてくる。
楽しいのに涙が止まらない。
自分の事じゃないのに、心が愛で満たされていく。
最後に高らかにアップテンポでハッピーバースデーを歌いあげ、彼の歌声は青い空に溶けていった。
歌いきり、彼は肩で息をしている。
曲が終わり会場は静まり返った。
宮久さんが不安そうに会場に目を向けた。
大歓声と拍手が湧き起こる。
みんなが愛で満たされて涙を浮かべていた。
胸が熱くなっている。
今すぐ、湧き上がってきたこの気持ちを伝えに行きたいと心から思った。
こんな風に上手くはできないだろうけど、伝えたい想いは溢れ出して止められない…。
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