あの日のリボンはここにない

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   時計の針が午前三時を過ぎる頃、月を隠していた雲が途切れた。  雲の間からこぼれた光が、君が閉め忘れたカーテンの隙間から部屋へと差し込む。  窓の脇に立て掛けられた姿見——その中、冬の冷たい空気を白く照らす光の筋が、僕に向かって伸びている。  鏡の中の静かな世界に映る、自分の姿を僕は目でなぞった。    君がいつも撫でてくれた左耳は、擦れて他の場所より毛が短い。  僕の名前の由来になった、首の青いリボンは色褪せて、いつだか何処かにいってしまった。    君が僕を「アオ」、と全く呼ばなくなった時。  僕は『ただのぬいぐるみ』に戻る。  君のことも、自分のことも分からなくなってしまう。    君が、遊びに来たお友達の前で僕を「クマ」と呼ぶようになった。さよならの時は、きっと近い。  家庭科の授業で使うと買った、初めての裁縫道具で直してくれた脇の縫い目は甘くて、今にも張り裂けてしまいそう。なのに堪らなく愛おしい。    あと少し、あと一日でも長く——我が儘を言っていいならせめて次の春まで。    君がすっかり大人になってしまう、うれしくて悲しいその日まで、今しか見られないこの面差しを、僕は両目のガラスに深く焼きつける。 〈了〉
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