13・真夏の夜の夢

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13・真夏の夜の夢

 初のオケ合わせで、オケのメンバーを完全に手玉に取るようにして虜にした和貴は、一切のレッスンをキャンセルし、一人本番まで完成形へと予断のない練習を続けていた。時折、俺とだけオケ伴合わせをし、生島の意見なども聞きながら微調整を繰り返し、奴の血肉にしようとしていた。あのスヴェトービチ先生のホームレッスンすらキャンセルしたというのだから、和貴は、今度こそ迷いのない自分だけの演奏を作り上げる気でいる。  壮絶なまでの覚悟で、親友は大きな壁を越えようとしていた。  本番までの数日は、店で弾いていても心ここに在らずで、飲み物をこぼしたり会計を間違えたり、散々であった。政さんは怒りはしないが、内心では呆れていることだろう、自分が弾くわけでもないのに、と。  あの生島ですら、オケモードに自分を修正する、と訳の分からないことを言って店を休んでいた。時折友梨に手伝ってもらって連弾でステージを埋めたりしたのだが、やはり和貴とは違う感触に、ジレンマが積み重なっていくだけであった。  その間、イベントは順調に終わった。2週目、3週目と、週一での開催も功を奏し、周りの非協賛店とも軋轢を生むことなく、和やかに終えることができた。あの箏の師範だったよし子ママも、3日目に素晴らしい演奏を聞かせてくれて、マリネママの日舞とのコラボ、それと涼さんのジャズバンドとのコラボと魅せまくり、まさに大人な夜を演出してくれたのであった。2日目はフラメンコにカンツォーネといったヨーロピアンな夜、3日目はそれこそニューヨークのジャズクラブのようなプログラムであった。 「アタシには、こういう芯があったのよねって。ただ飲んで馬鹿騒ぎするオカマじゃなかったのよねって、思い出すことができたのよ」  そう言って泣いてくれたのは金太郎ママであった。常連さんの中では金太郎ママのシャンソンは完全に市民権を得ていた。それどころか、ママの店でもリクエストされるようになり、酒の上での尊厳を蹂躙されるような客の無茶振りが大分減ったのだという。 「茉利子もよし子も同じようなことを言ってたわ。アタシ達、水商売しか生きる場所も食べる手段もない、どうせこういう世界の住人、て諦めていたけど、必死に頑張ってきたものをちゃんと、持っていたのよね」 「そうだよ。今だって、必死に頑張って、疲れたお客さん達を元気にしてるじゃん。それって、過去の経験や積み重ねがないと、続かないよね」  姉貴が失踪した時、何度言われたことだろう。「水商売の女だから、どうせ男絡みじゃないのか」と。水商売の女だから……。 「俺も、水商売の男だよ。ってか、純血腫だな」 「何言ってんの。それでも必死に音大で勉強して、姉弟(きょうだい)して街のために力を尽くして……あんたはアタシ達の希望よ」 「そんなんじゃねぇよ。ママ達みたいな商才無いし、先月の売り上げだってヒィヒィで、政さんに中々恩返しできてないんだから」 「京太郎君は色々気を使いすぎなんですよ。ママからも何とか言ってやってください」 「そうよねぇ、政ちゃぁん。京太郎、今にハゲるわよ」  ちょうどそこへ、シャンソン好きの常連が数名で来店した。金太郎ママを見るなり歓喜して、歌ってほしい、と言った。 「アタシ、今日は店が休みだから飲みにきたのに」  まんざらでもない様子で、ママが俺の耳元で言った。 「いいじゃん、俺が弾くからさ」 「ええ……京太郎のピアノだったら、断れないわよねぇ」 「でしょー」  俺がお客さんに最初の飲み物を運んでいる間にも、ママはさっさと人ンちのマイクをセッティングして発声練習をしていた。  リクエスト通りのシャンソンに加え、最近勉強を始めたという『タイム・トゥ・セイ・グッバイ』を見事なテノールで、しかもイタリア語で歌ってみせ、常連さん達のハートをがっちり掴んだのであった。  
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