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仲通りには、大小色んな趣向を凝らした店が軒を連ねている。俺も姉貴も関わったことのないママやマスターも勿論大勢いる。
しかしここにきて、昭和の灯火は消えようとしていた。この街を作り上げ、彩った世代の人々が次々に亡くなり、新しい店が増える一方で空き店舗も目立つようになってきた。大抵が昔からやっていた店で、構えが広い。この辺りは新規で店をやるには地代が高いから、若手はまずカウンターだけだったり極小スペースから始めたりするため、昔の大型店舗は中々借り手が見つからない。
「ジルベールの跡、中々決まらなくてオーナーが困っていたわ」
園子ママが、何杯目かの焼酎のお湯割を啜りながら言った。
ジルベールというのは、この辺りでは割と歴史が深く、ショーを売りにするゲイ・クラブであった。あくまで洗練された接客が売りで、ショーの内容も一切お下品ナシの、硬派と言って良い店だった。最後の2年ほどは、店主の愛人がフラメンコのギタリストとかで、フラメンコのショーを売りにしたりしていたが、やはり、この時代の流れには逆らうことができなかった。
「通りのド真ん中のビルだし、一階だし、もったいないのよねぇ」
「通りのテラス席に面した窓って、全部開けられるんだよね」
「だってオープンカフェにしちゃってたもん。最後の方はもう、破れかぶれでさ、哀れなくらい手を入れまくって」
1フロアぶち抜きなので、間口もかなり広い。分けてテナントにしても良いのだろうが、水回りなどの工事を入れるにはビル自体が古すぎる。ただ、通りに面した窓はアコーディオンのように畳んで両端に寄せることができるし、テラス席だった部分にモニターやスピーカーを置けば、奥のステージへ誘導しやすいだろう。むしろフラメンコ時代にオープンカフェのように改装しておいてくれたことが、イベント事には最高に有難いかもしれない。
「町会長は何て? 」
「あの石頭に何ができんのよ。京太郎、なんか考えてよ」
この辺りのママさん達は芸達者が多いし、ショーや歌を売りにしている店も多い。ここのところ人の流れも少ないし、五丁目も絡めて、常設のイベントスペースにできないか、なんて呟いたら、園子ママの手が止まった。
「あんたさ……仕切んなさいよ。この前のクリスマスのイベントも良かったわよ。あんたやってごらんよ」
「マジで? 」
不意に浮かんだのは、師匠の追悼イベントだ。それに絡めて、演奏の常設ステージとして時間と曜日を決めて打ってみたらどうだろう、と。
「今度の町会で提案してみるかな」
「あんたのような柔らかい頭が、この街には必要なのよ」
まさか本当に、こんな酔っ払い同士の話が実現することになろうとは、お釈迦様でもあの世の姉貴でも、思いもよらぬことだろう。
そして、俺自身、音楽イベントの企画がこんなに面白いとは思わなかった。
町会長が両手を上げて賛成し、年配の商工会の人たちに地ならしもしてくれて、警察署の歩行者天国の手続きにも乗り出してくれた。
「あの沙絵ちゃんの弟じゃ、手を貸さんわけにはいかんよ」
それが、会長の口癖だった。
情けないが、いつか「京太郎の頼みは断れない」と言われるように、信頼を重ね、精進するしかない。
とにかく、この五里霧中で暗中模索を捏ねくり回し、下手打ちゃ雲散霧消しかねない初のイベントが、動き出すこととなった。
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