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第20話 信解
「お前が持経者になる事を選んだのも、そこに答えがあると思ったからじゃないのか」
回向の手が、明鏡を掴んで離さない。
「信解を忘れたか? 明鏡」
「信解……ふ……はは。そんな言葉がお前から出るとはな……本当に理解しているのは……お前だと……? 回向」
明鏡は、受け入れているようには見えなかった。
「真実を知っても、それをどう受け止めるか……だろ、明鏡」
明鏡は、回向が理解しようとすればする程、意地になっているようにも見えた。
「だったら……なんで……」
明鏡の手が力をなくして、掴まれたままの回向の手と共に下りる。
「……なんでなんだ……。処を奪われたのは……同じだっただろ……新たな処を見つけても……結局はまた失う事となった……だが……欲しいと言えば与えると……与える事が出来ると……だからその処から出て来いと……それでも……俺は……そんなものよりも……」
明鏡が口にした言葉が重なった。
『そこから出て来るのであれば、欲するものを授けましょう。今直ぐそこから離れなければ、与える事はしません。ですから……そこを離れて下さい。欲したものを授けると諭して、欲したものよりも遥かに満たすものを与える事は、三界から離れさせた事に対しての……』
『虚偽になりますか?』
明鏡は、ギリッと歯を噛み締めて、感情を露わにした。
「お前が真っ先に手を掴んだのは、俺ではなかったんだ……!!」
そう叫んだ明鏡に、回向の表情が驚きを見せて固まった。
回向の手の力が緩んだのだろう、明鏡はその瞬間に、手を強引に振り解いた。
勢い余って、明鏡の足が後方に滑る。
「馬鹿……離すな……! 落ちるだろっ……!」
咄嗟に動いた蓮が明鏡の腕を掴み、落下を止めたが、宙吊りになった明鏡に、自分から登ろうとする気持ちが見られない。
「一度離した手が……どれ程の後悔を生むか……明鏡……お前が回向の手を振り切ったんじゃないのか……今のようにな」
「蓮……!」
僕は、蓮に駆け寄り、蓮が落ちないよう体を押さえるが、僕の力だけでは足りそうにない。
「な……にをやっている……回向……! さっさと手を貸せ……手が濡れて滑りそうだ……」
蓮の呼び声にハッとする回向は、蓮と共に明鏡の腕を掴み、上へと引き上げようとする。
明鏡を上へと引き上げながら、蓮は言う。
「選択の余地はあったはずだろう……修験禁止令で……寺に属するよう令が下った時に……そう言うなら、何故お前は、回向と同じ処に向かわなかったんだ。共に同じ道を進む選択だって出来ただろう……! なんでもかんでも誰かの所為にすれば、お前の歩んできた道は肯定されるのか? 回向が無理にでもお前の歩む道を自分の方へと引き寄せれば、お前はこんな風にならずに済んだと……お前自身の意思までも、回向に委ねるつもりだったのかよっ……!! 掴まれた手を振り解いたのは、お前の方じゃなかったのかっ……ふざけんなっ!!」
蓮が声を張り上げると同時に、二人は明鏡を引き上げた。
引き上げた勢いのまま、蓮と回向は地に座り込み、明鏡は仰向けに倒れ込むと、視界を閉ざすように腕で顔を覆う。見える口元は、苦しみを噛み砕くようにも力が籠っていた。
蓮は、明鏡を引き上げた手を見ながら、ふっと笑った。
「確かに……逃れるにしても、あまりにも強い執念だな……」
蓮の手に移った明鏡の血が、蓮の体を縛るように這っていく。
動じる様子もない蓮は、心配するなと言うように僕に笑みを見せた。
背後から水音が聞こえて振り向くと、そこには河原が広がっていた。
羽矢さんが河原を背後にクスリと笑う。
「準備は整っている。いつでもいいぞ、蓮」
羽矢さんの言葉に蓮は頷くと、血の脈が絡みついた手を回向へと向けて言った。
「祓ってくれよ、回向。お前じゃなければダメなんだ」
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