へだたり

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僕はずっと君のそばにいた。 薄紅色に深く霞んだ春だろうと、透きとおる空をタンポポのわた毛みたいにスズムシが飛び始める秋だろうと。 みんなと一緒にいる時の君は、どこか疲れてみえる。そして寂しそうに笑うんだ。君が傷ついた時、その痛みを僕の両手で癒やすことができるのに、君は頼ろうとしてくれない。 僕は高望みなんてしない。車は動いたらじゅうぶんで、腕時計は時間が狂ってなければ、服は着れたら何だっていい。 唯一求めるのは三つの言葉だけ。 すでに一つは持っていて、もう一つは君が持っている。そして二つを合わせると、三つめの言葉が生まれるんだ。 だから、君を手に入れることにする。今夜、ほんとうの意味で。拡大印刷した君のスナップ写真を貼りつけたマネキン人形に語りかけていたら、ふと声が降ってきたんだ。心の声。君の、心の声が。 僕は君のことをいちばん理解している。君以上に、完璧に。 君は時々、僕の期待を裏切るんだ。僕の知っている君を、君がこれ以上裏切らないように、僕のなかに永遠に繋ぎとめておかないと。 だから、今夜でおしまいにしよう。 君になりたい。僕が、君にならないといけないんだ。惹かれていくうちに、ふたりの境界が曖昧に溶けてしまう感覚に浸るんだ。・・・僕こそ(オリジナル)に相応しい。だから、これは仕方のない選択。 これからは、僕が代わりに、君の人生を歩んでいくよ。
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