コンペイトウアゲ

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コンペイトウアゲ

「将来なにになりたいですかって聞かれたとき、なんて答えた?」 コンペイトウを揚げる触手をゆるやかに止めて、タシナメさんは天井をぼんやりみた。 「あー面接ね。なんだったかなー。アタシは適当に働いてちゃんとくたばりたいですって答えたと思う。」 ニカっと笑った口元から鋭いキバが覗く。歯茎の隙間には昨日たべたであろうタンポポの綿が挟まっていた。タシナメさんが歯磨きをしない種類の生き物ということを知ったのは最近だ。 「かなりだるい質問だったよねー。どうせ店長も興味ありゃしないんだから。まぁちゃんと受かったからいいんだけど。」 器用にピースサインをつくったタシナメさんの触手は鮮やかな琥珀色をしていて、見惚れてしまう。揚げたてのコンペイトウを一粒口に放り込み、うんうぉーけーうぉーけー、と険しい表情で唸る姿はいつみてもなんだかおかしい。 コンペイトウアゲはこの店の定番メニューで、タシナメさんが考案した。1200度の釜で揚げただけというシンプルな製法に対して、今では店の売り上げのほとんどを担っている大人気メニューになった。アゲモノになつかしさを覚える客層がリピーターだろう、とボクは分析している。 揚げたては海のように黒い。ほのかに漂う甘い香りだけがかろうじて食べものであることを知らせる。キバがないタイプの生き物は、まず噛むことができない。硬く鋭い直径1ミリほどの固形物を口の中で舐め続けるのがスタンダードな食べ方だった。三日経てば、気づかない間に消えている。消えたという表現が適切なのは、溶けたという感覚すらないからだ。紫色のコンペイトウしか揚げないのはタシナメさんのこだわりで、生産数も少ない。それらも相まってオープン直後に完売してしまう理由のひとつかもしれない。当初はアゲモノの復活に懸念していた店長も、今では九十九歳になる子どもにせがまれて、休みの日にわざわざ列に並んでいる。 「ヨウナシはさ、なんて答えたの?」 先ほどの会話の続きだと理解するまでに、時間がかかった。 こちらを覗く目は切長で一瞬で脈がはやくなる。 「ボクも適当だよ。シンセサイザー希望ですとか映画のエンドロールになりたいとかだったかな。」 「あー懐かしいわ、そんなのあったあった。ちょうどエンタメが流行ってた時期だよね。」 タシナメさんの肩に蝿が一匹止まる。反射的に出たよだれをあくびで誤魔化した。 よし今日の準備完了!ヨウナシ、コーヒー淹れてー。 タシナメさんが肩を回した反動で、蝿は潰れた。ボクにしかわからないちいさな音で。 「まぁでもぶっちゃけ考えるよね。」 「将来のはなし?」 「うん。将来っていうか来世の進路。ちゃんと希望出さなきゃなー。さすがにもう891歳だしね。そろそろかなーって。化石化でランキングinは避けたいじゃん?」 なにか言おうとしたけど、ヨウナシはいくつだっけ?と先に声が降ってきた。 ボクは423歳と10周。まだまだだよー。はにかむタシナメさんはさっきより鱗が増えてすこし笑いにくそうだった。 「そういえばさ、ボクがコーヒー担当になったのっていつだっけ?」 「120年前とかじゃない?ヨウナシが淹れたコーヒーがなんか飲みたくなるんだよね。アゲモノのあととか特にさ。ごくごく飲めるもん。」 ボクは120年間も覚えていられたのか。コーヒーの淹れ方も、タシナメさんが実は猫舌ということも。数えられるほど頼りない湯気が目の前をたしかに通り過ぎて、部屋を満たしていく。 「アタシ、来世はコーヒーカップから出る湯気になりたいかも。あたたかくてフワッとして、消えちゃうの楽そうだし。コスパ最高。」
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