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その4
家に帰ってきた。
いつものように店の扉を開け、お母さんがいる厨房へと向かった。
「おかえり。」
お母さんは私の方を振り返って言った。
お母さんはお皿を洗っている。
「ただいま。」
私は近くに置いてある椅子に座った。
そして、今日あった出来事を話し始めた。
「あのね、今日は部活でクッキーを作ったの。お母さんの分もちゃんと持ち帰ってきたから、後で食べてね。」
「ありがとう。」
お母さんは皿に付いた泡を洗い流した。
「このクッキーねすごくおいしいの、私、味わかんないのに。」
「うん。」
「部活のみんなも優しいし」
「うん。」
「部活の時間が楽しみで楽しみで仕方がないの。」
皿がカチャリと甲高い音を立てた。
「お母さんねずっと心配だったの。
中学であんなことがあってから、それ以降、
いつもあんた人の顔見ないで、下向いて、イヤホンもずっとつけてるし。
もう一生誰にも心開けないんじゃないかって思ってた。
よかったよ。本当に。楽しそうでよかった。」
お母さんは言った。
私に背を向けて皿を洗っているから、よく見えないけど、お母さんの目元から小さな雫が落ちたような気がした。
私は黙った。
しばらく蛇口から水が流れる音と、スポンジと食器が擦れる音だけが厨房に響いた。
沈黙を破ったのはお母さんだ。
「そろそろ夕飯食べる?」
「食べる。」
お母さんはオーブンから何かを取り出した。
グラタンだ。
ホワイトソースの上に乗ったチーズがきつね色の焼き目が付いていて美味しそうだ。
「いただきます。」
私はスプーンで掬って一口食べた。
熱い。
この食感。
具材はマカロニとシーフードだ。
「美味しい?」
お母さんはいつも同じ質問をする。
私は違う答えを出した。
「美味しい。」
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