神社に参拝

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神社に参拝

 その日、私はゴミの回収日のために、ゴミ集積場の掃除をしていた。  マンションだったら屋内にゴミ捨て場をつくってゴミを集積できるけれど。この辺りだと頑張ってネットをかけたり、ペットボトルに水を入れて光らせても、なかなかカラスがどいてくれない。 「うう……またやられた……」  今日は燃えるゴミの日。ネットをかけていたにもかかわらず、ゴミ袋は見事に散乱し、中身を引っ張り出されていた。辺りに嫌なにおいが充満している。  私は泣きそうになりながら、ぐしゃんぐしゃんになったゴミ袋の破片を箒とちりとりでかき集め、残ったゴミを新しいゴミ袋に入れ直す。私が泣きそうになっているのを見かねてか、鳴神くんも出てきて、ゴミ袋を縛るのを手伝ってくれた。 「大変だなあ。雷でも落とすか?」 「やめて。カラスって頭がいいんだよ。攻撃したひとを目撃したら最後、カラス同士で攻撃したひとを特定して、襲ってきたりするんだよ。鳴神くんが襲われたらどうするの」 「……カラスも神様襲うのかな」 「それは知らないけど」  鳴神くんを襲う襲わないは私も知らないけれど、もし襲われたら後味が悪いからやめてもらうとして。私は一生懸命掃除をして、ようやく終わった。  これで学校に行ける。私たちが学校に行こうとしたら、「おお、お疲れ。またずいぶんと荒れたなあ」と声をかけられた。  日吉さんだ。 「おはようございまーす。私たちはこれから学校です」 「おはようございます」 「おお、おはよう。掃除もありがとう」 「あのー」  私は一応話を聞いてみることにした。 「カラスがゴミを無茶苦茶荒らすんですけど、これってどうしましょうかね?」 「ふーむ?」 「ほら、まほろば荘の人たちはゴミ出しのこときっちりしてくれてますけど、カラスが荒らしたら、ご近所さんたちからクレーム来たりするかもしれないじゃないですか」  そもそもゴミ袋がビリビリに引き裂かれていたら、車に貼り付いたら事故の元だし、悪臭だって放つから近所迷惑だろう。  対策として、ゴミ集積場にカラスの嫌がりそうなものを並べてみても、いまいち効果がないんだからこちらだって困ってしまう。それに日吉さんは「ふーむ」と腕を組んだ。 「まあ、どうしようもなかったら、そこの神社にでも行ってみるといい」 「はい?」  私と鳴神くんは顔を見合わせた。 「うちの本社だからなあ。顔を出してみたら、もしかすると相談に乗ってくれるかもしれん」  そう言われて、そのときの会話は終わった。 ****  学校とまほろば荘の間に、神社は存在している。  どうも宮司さんは通いで来ているらしくて、普段は誰が世話をしているのかよくわからない神社だ。小さ過ぎて狛犬もおいなりさんもおらず、ただ鳥居に拝殿があるだけという、殺風景にも程がある場所だ。  昔ながらの住宅街に埋もれてしまって、存在感のかけらもない。 「日吉さんが言ってた神社って、ここだよねえ……?」 「この辺りの神社なんて言ったらここしかないし。もしもっと人の多い神社だったら、そっちを指定すると思うけど」  そうは言っても、ここ以外だったら、もっと遠くにしかなかったと思う。  殺風景な神社で、その上住宅街の影に隠れてしまって薄暗い。鳴神くんと一緒じゃなかったら入りにくいにも程がある感じだ。  私が「うううう……」と震えているのに、鳴神くんは怪訝な顔をしている。 「小前田、普段まほろば荘に住んでるのに、たかが神社でそこまで怖がる必要あるのかよ」 「だって! 暗くて怖いじゃない! まほろば荘のひとたちは、別に見えるし怖くないから!」 「そうかあ? 俺は見える人間のほうがよっぽどなに考えてるかわかんなくて怖いけど」 「そんなことないよ!」 「うーん……そうなのか?」  私たちはさんざんトンチンカンな会話を繰り広げながら、鳥居を越えた。本当に誰もいないし、拝殿まで進んでもなにもないし。私はお賽銭を投げると、鈴を鳴らした。 「お願いします、カラスをなんとかしてください。近所迷惑は困ります」 「……多分日吉さんが言ってた、ここの神社に行けって、神頼みしてこいとは違うと思うけど」 「でも、ここにいるかもしれないひとに、そんな失礼なことはできないし!」 「おや、先祖返りにただの人間なんて、珍しいにも程があるなあ」  いきなり頭上から声が聞こえて、私は固まった。鳴神くんはむっとした顔で、背中に背負っていた木刀を手に取ろうとするので、私は思わず彼の袖を引っ張る。 「やめて! いきなり襲おうとしないで!」  私の声で、鳴神くんは本当に渋々手を引いて、頭上を睨み付けた。 「あんた誰だよ。まほろば荘にいる日吉さんとそっくりな顔をしてるけど」 「おお、俺の分霊に会ったのか!」 「……分霊って……あんたがここの神社の?」 「ああ。まあ、俺も正確に言えば、本霊の分霊なんだが、そこからさらに切り分けられたのが今はアパートの住人になっているからな……まあ、分身したののひとりと、分身したのがさらに分身したと思えばいい」  そう言って笑いかけてきた。  普段ジャージの日吉さんが、一度だけ白い着物を着ていたことがあった。頭上にいたひとも、顔も声も日吉さんそっくりだけれど、不思議なことに日吉さんよりも声に深みがあり、着ている着物も不思議と艶があるように思えた。  日吉さんの本霊ってことは、つまりはこのひとも。 「……山神様ってことなんでしょうか?」 「そうなるなあ」 「ええっと……うちにも山神様の分霊の日吉さんがいますけれど、神様って、そんなにポンポンといていいもんなんですかね? 縄張り争い……みたいなことにはならないんですかね?」 「まあ、日本なんて八百万の神がいるって言われているからなあ。おまけになにかあったら神社を建てる。土砂崩れがあったらその場所に神社をつくり、水害があったらその場所に神社をつくる。呪われたと考えれば神社をつくるし、尊いと思ったら神社をつくる。基本的に神社だらけだから、あまりに気にしなくても」 「そ、そうなんですか……はは」  私が思わず山神様に笑ったら、鳴神くんが半眼でボソッと言う。 「小前田、話が明後日の方向にとっちらかってないか?」 「はっ! あ、あのう……うちの近所に、カラスが出てものすっごく困ってるんですが…… 」 「ふーむ……たしかにカラスは俺の眷属だなあ」 「けんぞく?」 「使い魔とかお使いとか、そんな感じだよ」 「なるほど」  私が首を捻っていたら、山神様は困ったように腕を組んでいた。 「カラスは基本的に山の生き物なんだが……同時に安全を求めて移動する習性がある。山にいたら、山の生き物に狩られてしまうからな。人間の傍のほうが安全だと気付いてからは、人間の住む山の麓にまで出てくるんだ」 「カラスからしてみれば、人間の傍のほうが安全なんですかあ……」 「自動車も走るから、下手な場所に巣をつくったり食事をしたりしたら撥ねられるから、それもひとつの考えなんだがな。そして冬は大概は凍えたり飢えたりして死ぬんだが、この数年は暖冬が続いて、カラスもなかなか死ににくくなったんだ」 「それは……」  人間だって、冬になってうっかりと燃料がなくなったら死ぬほど寒いことになるかもしれないけれど、野鳥のほうがもっとシビアだったのが、暖冬のせいで免れちゃったんだ。  私が山神様の話に納得していたら、鳴神くんは「あれ?」と首を捻っていた。 「でもこの辺りって人が少ないっすよ。こんなところでわざわざゴミを漁っても、生ゴミだってそんなにないんじゃ……それこそ繁華街とかのほうが人が多いと思うんすけど」 「そういえば」  この辺りも一応は住宅街にはなっているけれど、ひとり暮らしの人のほうが多かったと思う。まほろば荘の店子だって、特に制限をかけている訳じゃないけれど、ひとり暮らしオンリーだ。たしかにそこでご飯を漁ってもなあ。  それに山神様は「うーん」と腕を組んだ。 「むしろ逆だな。ここまで来ないとカラスの食事にありつけないんだよ。この辺りの商店街もだいぶ減って、繁華街だって大きなショッピングモールのひとり勝ち状態だ」 「そういえば……」 「その上ショッピングモールだったら、ゴミ集積場は基本的に建物の中で、とてもじゃないけどカラスが付け入る隙がないんだよ。だからわざわざ住宅街にまで行って、食事を漁っているんだ」 「ああ、そっかあ。この辺り以外だったら、残りはマンションばかりだから。マンションのゴミ捨て場も建物の中だから、カラスがご飯を得られない……」 「でもそれじゃ、うちが諦めるしかない状態じゃないですか?」  鳴神くんの指摘で、私は「はあっ!」と悲鳴を上げた。  本当だ。でもどうしたらいいんだろう。近所迷惑なのには変わらない。それに山神様は「そうだなあ……」と言った。 「カラスたちに、食事場をくれたら、そこ以外で食事をしなくなるかもわからん」 「食事場ですか……」 「基本的にカラスも頭がいいから、ここで確実に食事が得られると判断したら、そこ以外からしか取ることはなくなるからな。その代わり、一度でも裏切ったら、そのあとの報復が来るんだが」  カラスって頭がいいけどその分しつこいんだな。でも近所でも襲われた人たちが皆一様に「カラスは頭よくって怖い」と言っていたから、その通りなのかもしれない。 「わかりました。考えておきます。でも山神様」 「なんだい?」 「眷属なんだったら、もう神社で引き取るってことはできないんですか?」 「うーん、それができたらいいんだが。うちも現世と幽世の境を守っているからなあ」  それに私は「なんで?」という顔で鳴神くんを見た。鳴神くんはボソリとした声で教えてくれた。 「……あやかしの中には、カラスをバリバリ食う奴とか、いくらでもいるから。化け狸とか化け狐とか、あいつらは雑食だよ」 「なるほど……」  そうなったら本末転倒で、ますますカラスが住宅街から頑なに動かなくなるから、いっそのこと食事場を提供したほうがまだマシってことになるのか。  私たちは一旦まほろば荘に持ち帰って相談することにした。神社からの帰り、私は何気なく鳴神くんに聞いてみる。 「山神様となんかシンパシーとかあった?」 「はあ? そんなもんないけど、なんで?」 「うーんと、おんなじ神様みたい……だから?」 「そんなんないよ。だって、俺と山神様だったら、種類が違うし。そもそも俺はカテゴリーとしては人間だから」 「なるほど……そっか」 「小前田ってさあ」 「なに?」  鳴神くんはボソボソと言った。 「……いや、なんでもない」 「なによ、止めないで最後まで言ってみてよ」 「いや……地雷を踏むのか避けるのか、ちっともわからんって思っただけ」 「えー、嫌がるかなと思ったことは、これ以上は聞かないよ? 大丈夫そうなら踏み込むけど。嫌?」 「ううん……なんか楽だ」  鳴神くんがやんわりと笑うのに、私はポカンと見惚れてしまった。鳴神くんはまたしてもキョトンとした顔をする。 「小前田?」 「……なんでもない」  なんでもない私たちは、いつも通りにまほろば荘に帰るのだ。
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