お祭りは幸せ探し

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お祭りは幸せ探し

 皆でカラス用の食事場をつくる。  一応ゴミ捨て場の掃除と気休めでカラス避けは置いておくとして、カラス用の食事場はあれこれと置いた。 「カラスって雑食なんですか?」 「ああ、基本的になんでも食べる。肉も果物も」 「さすがに肉は置けませんけど……ただこれって、ご近所迷惑になりませんかね?」 「カラスも食べるものは食べるし、食べないものは食べないからなあ……柿の生っている家を見たことがないかい? あの渋柿なんて、カラスだって食べないだろ」 「そういえば」  たしかに近所にいつまで経っても柿が生っている木が生えているけれど、カラスだけでなく鳥だっていつまで経っても取らないのがあった。  イチジクなんて人間と鳥で奪い合いをしているのに、渋柿は鳥すら食べないんだなあ。  日吉さんに言われながら、ひとまず用意した。あとは糞害が起こらないかどうかの確認だけしておけば大丈夫だけれど、この辺りは神様の眷属としてどうにかなることを祈るしかない。  手伝ってくれた日吉さんに「ありがとうございます」とお礼を言えば、日吉さんはからからと笑った。思えば山神様と日吉さんは、顔のパーツはまんま同じなのに、ちっとも似てないというのはなんでなんだろう。  一緒に作業をしていた鳴神くんはちらりと見る。 「聞きたいことがあるんだったら聞けば?」 「えっ?」 「日吉さんいるじゃない」 「う、うん」  日吉さんは不思議そうに大工道具を片付けている。  その中、私は思いきって聞いてみた。 「あのう、日吉さん。山神様の分霊だって言ってましたけど」 「うん、言ったなあ」 「山神様は、なんかこう、祀られてるっぽかったですけど。日吉さんはどうなんですかねえ?」 「うーん。やはり血筋だなあ」  そう言いながら日吉さんが首の裏を掻いた。 「あの?」 「花子さんにもまほろば荘ができた頃に言われたんだよ。神社の代わりに建てたんだから、なんかしたほうがいいのかって。たしかになあ。うちの管轄の割には、神社がないせいで、この辺りは現世と幽世の境が曖昧だ」 「前から思ってましたけど……そういうのって駄目なんですかねえ?」 「これも前に話したと思うが、弱い妖怪っていうのは狙われやすい。なにも悪いことをしていなくても、大妖怪なり、陰陽師なりにな」  私は思わず鳴神くんを見ると、鳴神くんは「悪かったな……」とバツの悪い顔をした。 「ええっと、つまりは?」 「現世と幽世は定期的に線引きしておかないと、弱いものたちの住処が脅かされる。大妖怪だって、わざわざ人間を襲って陰陽師を呼び寄せる馬鹿な真似はしないが、自分の縄張りに他の妖怪が来たら容赦なく襲う。そういう気配があったら、人間だって危ないからな」 「なるほど……あれ? そうなったら、おばあちゃんはそういう線引きのお手伝いってどうやってたんですか?」  普段おばあちゃん家のお手伝いに来ていたことを思い返していても、特に大それたことはしてなかったように思う。  それに日吉さんは丁寧に答えてくれた。 「ご近所さんを集めて、適度にお祭りを開いてくれたな」 「あれ? お祭りって……屋台とか御神輿とかの?」 「そこまでできたら上等なんだが、さすがにそこまではしてないな。基本的に祭りっていうのは、神を祀るに通じる。神がここにいるって示し合わせれば、それが祭りになるんだ」 「ええっと……よくわかんないです」 「そうだなあ……たとえば」  日吉さんは手を合わせる。 「『いただきます』とか『ごちそうさま』とか。それは基本的に食事における感謝だな。こういうのも祀る一環だ」 「そう、だったの……?」  私は思わず鳴神くんを見ると、鳴神くんも頷いた。 「山神も言ってたじゃん。この国の住民はなにか有事があったらすぐに神社をつくるって。そんな感覚で、なんにでも感謝を捧げていたら、それだけでお祭りになる。要は皆で食事会とか、イベントとか、そういうのでいいんだよ」 「なるほど……?」  そう言われても。私は腕を組んでしまった。 「今度おばあちゃんのお見舞いに行ったときにでも、相談してみますね」 「ああ、そうしてくれ」  それでその日は解散した。 ****  おばあちゃんのお見舞いに行くと言ったら、更科さんはいそいそとなにかを買ってきてくれた。 「こ、これ。花子さんと一緒に、三葉さんも、どうぞ」 「これ……無茶苦茶有名なパティスリーのプリンですよね!? こんなのいただいちゃっていいんですか!?」  金のプリン銀のプリンと言って、近所でも有名なプリンだ。金のプリンは固めの昔ながらのプリンで、銀のプリンは生クリームが入ってクリーミーな一時期流行った柔らかめのプリンだ。どちらも味がよくって評判で、販売したら一時間で完売してしまうものだったはずだけれど。  それに更科さんはにこにこ笑って言う。 「う、ちのお得意さん、ここで働いてて、予約してもらえるんです……」 「そうだったんですか……ありがとうございます。これだったらおばあちゃんも喜ぶと思います」  こうして私は更科さんからプリン、野平さんにはビタミンカラーで花束をつくってもらい、それを携えてお見舞いに行くことにした。  おばあちゃんは私が持ってきたお土産の品で、すぐに誰が用意したものかを言い当てた。 「あらあら、野平さんも更科さんも、そこまで気にしなくっていいのにねえ」 「うん。でもふたりとも心配してたよ。リハビリはどう?」 「順調だよ。もうちょっとしたら、退院できると思うよぉ」 「そっかあ……」  そうなったら私もお役目ごめんかなあ。じんわりと寂しさを感じていたら、「三葉?」とプリンを用意されながら尋ねられ、我に返る。 「一緒に食べよう! ここのプリンおいしい奴!」 「知ってるよ。更科さんがいつもくれるお土産、外れがないからねえ」 「うん、おいしい」  ふたりでもりもりとプリンを食べてから、ようやく本題に入った。 「あのさあ、日吉さんに普段からおばあちゃんがお祭りやってるって聞いたんだけど」 「そんな常日頃からはやってないけどねえ。ただ、近所の交流の一環で、ちょっとやってるかねえ」 「具体的になにやってるの?」 「皆で地域交流の一環として、地域猫の引取先を探す手伝いをしたりとか、大掃除をしたりとか」  思ってるのとなんか違う。  私の顔に出ていたのか、おばあちゃんはケタケタと笑い出した。 「そうだね、お祭りとはちょっと違うかね。ただねえ」  おばあちゃんはしみじみと言った。 「うちなんかは、家族皆がお見舞いに来てくれるけれど、中には家族に会えないって人もいるから」 「それって……喧嘩別れしたとか?」 「それだけじゃないさ。仕事の都合で遠くに住んでて、なかなか通えないとか、新しく家族が増えて身動きが取れないとか、そんな人がいっぱいいるから。寂しいけどなかなか繋がれないっていうのは、人間だってあやかしだっておんなじだよ。だから、定期的にこの町に住んでるひとたちで交流する。日吉さんはしょっちゅう小難しい話をするけどね。結局は『皆違って皆いい』でまとまる話だと思うよ」 「うーん……」 「三葉?」 「私、おばあちゃんみたいに立派なことって、考えたこともなかったから……」  我ながら恵まれてるほうだよなあと思う。  家族仲はいいし、お父さんもお母さんも私が大家代行をしているのを喜んでいる。学校に行けば友達もいるし、まほろば荘に住んでいるひとたちは皆親切だ。  その親切を当たり前って思ったら駄目なのかなあって、そう思ってしまったんだけど。  それすらおばあちゃんは笑い飛ばした。 「幸せなことにねえ、罪悪感を覚えなくってもいいんだよ?」 「ええ……?」 「不幸自慢って楽しいけどね。ほどほどにしてないと、そこにずっぷりとはまって抜け出せなくなるから。ないものねだりするほうが、今の幸せ噛み締めるよりも楽だからねえ」  そう言っておばあちゃんは笑った。 「三葉は、三葉のままでいいから。自分の幸せをどうやったらお裾分けできるかを考えな。私は私がどうやったら幸せになれるかを考えたら、たまたまボランティア活動みたいなものに辿り着いただけだからさ」 「おばあちゃん……うん、わかった。ゆっくりと考えてみるよ」  そう言っていたら、「小前田さん、そろそろリハビリの時間ですよー」と声がかけられた。 「ああ、そろそろ時間切れだね。三葉、気を付けて帰るんだよ」 「うんおばあちゃん。いろいろありがとう」  私はおばあちゃんに手を振って、まほろば荘に帰ることにした。  私が幸せになれる方法を考えたら、お祭りになる……かあ。今までそういうことを考えたこともなかったから、つくづく自分っておめでたいのかも。  ううん。おばあちゃんが言われたことについて考えよう。不幸自慢よりも、幸せ探しだ。そう心に誓って、いろいろ考えを張り巡らせることにしたのだ。
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