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先祖返りの願い
鳴神くんは「とりあえずどうぞ」と入れてくれた部屋は、思っているよりも物がなかった。
スチールの学習机と椅子で、ちゃぶ台もテレビもない。多分食事は全部椅子で食べてたんだろうなあと思う。私が立ち往生していたら、「どうぞ」と百均の丸いクッションを持ってきてくれたので、私はそこに腰を落とした。
私の差し出した大学芋を食べ、私にはペットボトルの烏龍茶を差し出しながら、私のお祭りの提案を黙って聞いてくれた。
「だから、お祭りをしたいんだけど。野平さんは『皆の好きなことなんて一致しないから、誰かが音頭を取ってくれたらそれに合わせる』、扇さんは『人間とあやかしのやりたいことってなかなか合わないから好きにしてくれていい』って、結構抽象的な話だったんだよ。おばあちゃんは割とご近所の掃除とかして、皆で交流していたみたいなんだけど、私は私のしたいことすればいいよって、他のひとたちも言ってて。で、鳴神くんのしたいことって、なにかなと思って」
「ふーん……」
鳴神くんは手掴みで、蜜でベトベトになるのもいとわずに大学芋を頬張る。むしゃむしゃと食べながら、彼は口を開いた。
「……本当言えば、小前田がちょっとだけ言ってた縁日には心引かれた」
「あれ? 道具とか大変かなあと思って、真っ先に考えるの辞めたんだけど」
「そう」
そのまま黙り込んでしまった。
いい加減しばらく一緒に暮らしていて、彼はひとのことを優先して自分のこととなると黙り込む癖があると知っている。
「鳴神くん。私は普通の人間で、扇さんみたいに千里眼も持ってないし、日吉さんみたいになんでも解決できないし、おばあちゃんみたいに人生経験豊富じゃないよ?」
「……小前田?」
「やりたいこと、あるんだったら言って。私も企画者だし、全員の意見を採用はできないかもしれないけれど、考えてみるから」
鳴神くんがやりたいことあるんだったら、普通に聞くよ。そのつもりで聞いてみたら、鳴神くんは一瞬黙り込んだあと、口を開いた。
「……人がたくさんいるお祭り、行けたことがないから」
「あれ? そうなの」
「俺の雷、昔はもっと制御できなかったから。今でこそ静電気レベルに留まっているけれど、昔はもっとひどかった。そんなんで人通りの多い場所になんか行けないし」
「ああ……」
そりゃそうか。鳴神くんは先祖返りで、ご両親からしてみればどうしてこんなにすごい静電気を出せるのかがわからないし、彼自身も幽世に紛れ込むまでは自分自身の正体すらわからなかったんだから。そりゃお祭りになんか行けないんだあ……。
だったら、なんとしてもひとがたくさん来るようなイベントにしたいなあ。私は烏龍茶をいただきながら言った。
「わかった。なんか考えてみる。なんとかしてみるよ」
「……小前田。あんまりひとりで無茶すんなよ」
「私、なんもできないのにひとりで全部決めるなんてできないよ。周りに聞くから大丈夫。鳴神くんも聞いてね。それじゃあ」
私はそう言って、ようやっと家に戻った。
町内会ルールの書かれたファイルを引っ張り出すと、それをペラペラ捲って読みはじめた。数年単位で改訂されているから、なかなか厄介だ。
「『この地域では、届け出のないバーベキューは洗濯物に灰が付くので禁止しています』……最近公園でバーベキューできなくなったのって、ルールが改訂された結果だったんだ」
私有地でひとが集まるのはオッケーでも、火を使う行為は禁止だし、匂いが出るものも禁止になっている。結構禁則事項が増えてきているなあとペラペラ捲りながらも、私有地ならば騒音関係の記述がないのを確認する。
「近所でバケツを持って花火する人を見なくなったり、焚き火を見なくなったのも、結構細かくルール改定されているせいだったんだなあ……」
火や煙、匂いが出ないけれど、ひとが集まって楽しめるもの。
それこそおばあちゃんがやっていたようなボランティア活動が一番ベターな気はしてきたけれど、それは楽しいのかなあと疑問に思う。
私は少し気分転換にテレビを付けてみたら、ローカルニュースが流れてきた。
『七夕合わせの短冊用和紙の出荷が、今年もはじまりました……』
「そういえばもう、そんな時期だったっけ……」
最近は季節感なんて合ってないようなもんだったし、今年は空雨な代わりに暑くもなかったから、あまり気にも留めていなかったけれど、そういえばそんな時期だった。
「うーん……七夕だったら、なんかできるかな」
今度はタッチパネルで、ホームセンターの商品の値段の検索をしはじめた。
****
次の休みの日。
私はホームセンターに買い物に行こうとしていると、ちょうど出かけるらしい日吉さんと鉢合った。
「おや、おはよう。三葉さん」
「おはようございます。今日はホームセンターに行くんですけど、日吉さんは?」
「奇遇だな。俺もホームセンターだ。よかったら行くかい?」
「よかったらー」
私たちは開店準備をしている野平さんに挨拶を済ませてから、ホームセンターへと歩いて行った。
「そういえばなにを買うんだい?」
「ええっと。あともうちょっとで七夕ですけど。その七夕の準備をしようかと思いまして。お祭りってほど大それたことはしないつもりですけど、せめてご近所さんも楽しんでくれたらいいなと」
「ほう……なにするかは決めてるのかい?」
「ええっと。七夕の短冊と、七夕の短冊飾り用の折り紙をご近所さんに配るくらいは考えていますね。帰るときに、七夕っぽい食べ物配れたらいいなと思いますけど。でも私、七夕っていうと、そうめんぐらいしか頭に浮かばないんですが……」
そうめん配るとなったら、ちょっと大変そうだなあと考えてしまった。それを「ふむふむ」と日吉さんは聞いてくれた。
「いいんじゃないかい? 七夕飾りをつくりたいって近所の子もいるだろうし、短冊に願い事をかけたいってひともそれなりにいるからなあ。じゃあ、買うのは短冊に折り紙、あと笹でいいかな?」
「はい。それがいいかなと思っています。七夕用の笹は、まほろば荘の近くに立てかけて、どなたもご自由に飾ってくださいってできればいいなと」
「うん。それじゃあ、それで行こうか」
「はい。ありがとうございます。あ、あと」
私が頭ん中で考えているのは、鳴神くんのことだった。
体質のことが原因で、お祭りに行けなかったっていう鳴神くんのリハビリができたらいいのになと思ったんだ。
「……鳴神くん、お祭りに行けたことがないみたいなんです。もうちょっとしたら、地蔵盆で、近所の神社でもお祭りするみたいなんですけど。それに行けるくらいに、リハビリできたらいいのになって、考えています」
さすがに彼の体質のことまではどこまで言えばいいのかわからずにそうぼかしたけれど、日吉さんは追究することなく、腕を組んでいた。
「なるほどなあ……だとしたら、七夕の短冊イベントとは別に、なにかまほろば荘限定のこじんまりとしたものをするといいかもしれないな」
「どんなイベントだったら、鳴神くん喜びますかねえ」
「というか、三葉さんが企画したものだったら、多分彼はなんでも喜ぶと思うけどなあ」
「はいっ?」
「ははははは……まあ、若いのはそれでいいさ」
そうこう言っている内に、ホームセンターが見えてきた。
普段はそこで安い洗剤やシャンプー、生活用品ばかりを買っているけれど、よくよく中を見れば文房具もたくさん売っているし、DIYの木材だってたんと売っている。
七夕にちなんだ笹も、当然ながらたくさん売っていた。
「本当に売ってるんですねえ……自分で買うのは初めてだったんで、ちょっと実感沸きませんでした」
「ははは……じゃあご近所さんの分もかけるとなったら、大きさはこれくらいがいいかな」
ご近所さんに配るとなったら、朝に田辺さんにお声かけしてみよう。知恵をくれるかもしれないから。私は笹を運びつつ、文房具コーナーで短冊や折り紙を選ぶ。和紙みたいな短冊に折り紙。ちょうど折り紙コーナーには、七夕飾りの折り方や作り方の描かれたペーパーも置いてあったから、これももらおう。
あとはそれらを配るための袋も買っている中、日吉さんは「もう少しだけ木材コーナーを見ていいかい?」と尋ねてきた。私は首を捻りながらも頷いた。
「はい、大丈夫ですよ……DIYも動画を撮るんですか?」
「結構なあ、失敗しようが成功しようが、動画再生数増えるんだよなあ」
あの日吉さんのとっちらかった、妙に和む動画チャンネルを思い返す。たしかに日吉さんの妙にまったりした雰囲気で撮影された動画だったら、なにを組み立てようが、どんな失敗料理だろうが、皆思わず見入って和んでしまうだろう。おそろしい才能だなあ。
私は「じゃあここは一旦レジ通りますね」とひと声かけてから、こんもりと買い込んだものを抱えて待っていたら、日吉さんも出てきた。
買って抱えたものを思わず眺める……竹だ。
「青竹……ですか?」
「うん。これで水路をつくろうと思って」
「水路? DIYにしたらかさばりますね?」
「三葉さんが許可してくれたら、水路を組み立てるさ」
「ええと? そのときになったらお願いしますね?」
私は意味がわからないまま、とりあえず頷いた。……大家をやっていたら、水路をつくってくれと頼むときが来るんだろうか。おばあちゃんはそれに頷くんだろうか。私は首を捻りながらも、日吉さんと別れて家に帰り、早速それぞれを袋に入れはじめた。
【まほろば荘の七夕祭り
まほろば荘では、皆に笹に願い事をかけようと思っています。よろしかったらご参加ください】
メッセージに、まほろば荘までの地図。あと折り紙数枚に短冊。何枚入れておこうと思って、ひとまずそれぞれ三枚入れておいた。
これらをまほろば荘の店子さんたちに配り、あとは田辺さんに相談する。
飾りに来た人たちには、星にちなんで金平糖を配ってもいいなあ。
まだ少し先の七夕だけれど。用意している時間が一番楽しいだけかもしれないけれど。不思議と浮き足だってわくわくしていた。
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