幸福論を

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 私は単に幸せになりたかった。別に高みを目指したわけではないんだ。平凡で普通な暮らしを願っていた。  叶ってないと思ったのは最近のこと。それまでは普通程度には幸せなのかと思っていたのだが、それは間違いだったみたい。  古い友人と久しぶりに会った。そこで今の生活の話をする機会があって、それがどうやら幸せではないらしい。私はそれさえも解ってなかったんだ。 「おかしいと言われるよ」  私のことを話すと、友人の彼女は眉間に皺を寄せていた。人の悪口を言う人ではない。そして私の過去も知っている。彼女は私の事を思って話してくれるんだと、理解していた。  子供の頃から不幸に育っていた。こんな時代に貧乏でその日のご飯にも困ってしまう生活を続けていた。父親は暴力を振るう。今で言えば虐待になるだろう。母と私は怯えて貧しく生きるしかなかった。  それでも高校を卒業してから必死に働いて、私の事を愛してると言う人と結婚を叶え現在に至る。 「普通に生活費とかはもらえてるんだよ?」  育った私の家はそんな当たり前のことが無かった。だから十分な幸せだと思っていたんだ。 「そんなの、金額も少ないし、あたしの旦那なんて給料全部渡してくれるよ。お小遣い以上に男に金持たせたって良い事無いでしょ?」  考えてみると、生活はギリギリで私の少ない稼ぎも合わせても貯金なんてできやしなかった。 「それは家庭によってそれぞれなんじゃないの? 確かに生活は厳しいけど、子供の時と比べたら」 「厳しい言い方だけど、貴方の子供の頃を基準にしたらダメだよ。もう三十になるんだから、みんな厳しい暮らしなんてしてないよ。あたしんとこだって贅沢はしてないけど、今度家を買おうって頑張ってるんだから」  それは私の家では考えられない事だった。借金まではないけれど、賃貸でちょっと良い所も住めやしない。持ち家を買うなんて夢のまた夢だ。 「経済能力にも寄るんじゃないの? 私はこのくらいの貧乏慣れてるから」  悲しいけれど、子供の頃に比べたら今の暮らしは安定している。毎日のご飯くらいは困らない。 「それに、旦那さん。家に帰ってるの? 休日って言うのにあたしの暇つぶしに付き合ってくれてるし」 「帰ってるよ。確かに飲んで帰ってばっかだし、休みは友達と遊びに出かけてるけど。それに殴らない」  旦那は毎日仕事なのか、遊んでいるのかは解らないけれど、一応家には帰っている。 「殴らないのなんて当然の事なんだからね。デートくらいねだってみれば?」  思えば結婚から二人で出かけた記憶なんてもうないくらいになっていた。それは時の流れのためなのか、本当に私たち夫婦にそんな事がないのかも解らない。 「あの人も忙しいんだよ。友達付き合いも多いみたいだし」 「ねえ、一つ言いにくい事を聞いても良いかな?」  ちょっと彼女が迷っている雰囲気があった。私と彼女は親友だ。別にどんな事を言われたって気にはならない。 「旦那さん、女の影なんてないよね?」  私がコクリと頷くと彼女は申し訳なさそうな顔をして話していた。  けれど、それは間違いだろう。そんな筈は、ないと思う。 「多分」  言い切れはしなかった。彼の友達がどんな人なのかも知らないから。 「一度その友達って人を聞いてみた方が良いよ」 「無いと思うけどなー」 「あたしとのバカ話を伝える様に。あたしの事なんて好きなように利用しても構わないから」  彼女は私のためを思って話してくれている。それは良く解った。だからこんな話もずっとは続けないで、それからは楽しいお喋りになった。  でも一応、別れの時に「貴方の幸せを願ってるんだからね」と彼女は残していた。  うん。私も幸せになりたい。ずっとそう思っていた。
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