48 *襲撃

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48 *襲撃

 休日のアカデミーは静かで、ユーインはこれ幸いと、残していた書類を片付ける事にした。  いつものユーインであれば僅かな時間で終わる量。だがしかし、今日はまったく集中できない。  書類に向かい合おうとすると、昨夜の事が脳裏に浮かび、ニヤつく顔を制御できない。  ──まったく……どうかしてる  三十路を迎えた自分が、リーリアのこととなると自分を抑えることができない。  またリーリアも、そんなユーインを嬉々として受け入れてくれるものだから、益々歯止めがきかなくなるのだ。  今夜から毎晩、愛しい人が柔らかな身体で自分のすべてを受け入れてくれる。  自分にとってどれほど尊いことか。  リーリアは、ユーインにとって始めてできたかけがえのない居場所。  父も母も与えてくれなかった無償の愛をくれる女性(ひと)。  知ったら驚き呆れられるかと思った生家との関係も、真剣な表情で聞いてくれて、ユーインが受けた仕打ちに本気で怒ってくれた。  リーリアはユーインに守って欲しいと言ったが、彼女は守られるだけの女性ではない。  既にユーインの心をこれ以上ないほどに優しく包み、守ってくれている。  ユーインは手元の資料に目を落とした。  ──オスカーが何かしてきたら、ただでは置かない  研究所はリーリアの努力が切り開いた未来だ。    「何があっても守ってみせる」  ユーインは最後の書類にサインをすると、静かに席を立った。  部屋から出たユーインは、赤く燃える夕陽の眩しさに目を細める。  ──この夕陽が落ちたら、リーリアの元へ行こう  そう思いながら足を踏み出した時だった。  「ユーイン様!ユーイン様、おられますか!!」  アカデミーの中を駆け回り、必死で自分を呼ぶ声に立ち止まる。  「私ならここだ。いったい何事だ」  「ユーイン様!大変です!王都のロンド地区に魔物が現れました!」  「王都に魔物が?そんな馬鹿な!」  王都の周りには常に魔術師と騎士団が常駐し、守りを固めている。  いくら魔物といえど、そうやすやすと侵入できるはずがない。  「死傷者も出ているとのことです!怪我人たちがマグナ大聖堂に続々と運び込まれていると……!」  ロンド地区は王都の中心部だ。  急がなければ更に被害は広がるだろう。  最悪の場合この王宮にまで……  ──リーリア……!!  そんな事、させてたまるか。  ユーインは声を張った。  「急いで宿舎にいる者たちに声をかけて現場に向かわせてくれ。何よりも民の命を最優先に動けと伝えろ。私もすぐに向かう」  「はっ!」  ユーインはすぐさまイゾルデとクレイグ、そして両副団長に向けて魔法で知らせを飛ばした。  クレイグも、両副団長も、ユーインからの知らせにすぐ反応したが、イゾルデからは何の反応も返ってこなかった。  ロンド地区に急ぎ駆け付けたユーインが見たものは、凄惨な状況だった。  無差別に街と人を襲う荒れ狂った魔物と、泣き叫びながら逃げ惑う市民たち。  道のあちこちに生死のわからない人間が倒れている。  クレイグたち黒魔導師は前に出て応戦し、ユーインたち白魔道師はそれを援護しつつ民を誘導し、そして治療にあたった。  「クソっ!戦いづらいな」  思うように力を振るえないクレイグが不満を口にする。  王都の中心部であるロンド地区は建物が密集しており、下手に破壊すれば、逃げ遅れて家屋の中に身を潜めている市民を巻き込んでしまう。  「団長はどこにいるんだ。おい、お前たち。イゾルデ団長を見かけなかったか!?」  側で戦っていた魔道師たちに問いかけるが、返ってくる答えはどれも同じ。  誰もイゾルデの行方を知らない。  ──それにしても、何かがおかしい  これまでに何度も魔族と対峙してきたクレイグは、ある疑問を感じていた。  魔族にも生存本能がある。分が悪いと本能的に察知すれば、元々恥も外聞もない生き物だ、怯むことも逃げ出す事もある。  しかし目の前にいる奴らは明らかに違う。  焼かれても斬られても、そして身体の一部を失おうとも決して退かない。  狂ったように向かってくる。  ──まるで何かに操られてるみたいだ……いや、それとも何か目的があるのか……?  「お、おい!見ろ!!」  突如叫んだ団員が、ある方角を指差した。  目を向けたクレイグが目にしたのは、王城の上に渦巻く巨大な黒雲。  ──雲……いや、違う!!  それは、翼を持つ魔物の大群だった。    「クソっ!!狙いはそっちか!!」  「クレイグ様!?」  クレイグは天に向かって手をかざし、炎を巻き起こした。そして燃え盛る炎の中から現れた火焔鳥に乗り、舞い上がる。  「クレイグ様、どちらへ!?」  「王城へ行く!ここはお前たちに任せたぞ!」      
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