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 「ク、クレイグ様っ……ん……!!」    片手を絡め取られ、身体は厚い胸板に強く押し付けられて、身動きが取れない。  リーリアは、唇と唇の隙間から何とか言葉を紡ぐ。  「ダメ……こんな……っ、どうして……?」  「これは治療です……あなたも白魔法の講義で聞いたことがあるでしょう?」  「治療……?」  「そう。あなたの持つ生命の力を分け与える方法です」  確かに習った。  死の淵に瀕し、生きようという気持ちさえ失っている患者に、自身の生気を分け与えるというもの。  けれど、クレイグはまだ死の淵に瀕してはいないし、常日頃生きる気力に溢れているとは言い難いが、野心家な彼はこんなところで人生諦めたりはしないはず。  どちらかといえば必要なのはやはり怪我の手当だろう。  それに、どんなに助けてやりたくても、リーリアには魔法が使えない。  だからこれはクレイグの悪ふざけだ。  リーリアの頭にカッと血が上る。    「こんな時に悪い冗談は止めてください!」  「痛って、バレましたか」  思いっきり両手を突っ張ると、クレイグは力なく笑う。  「助けてあげたいけど、私は無力なんです。自分が一番よく知ってます」  白魔法の真似事をして喜んでいるだけで、いざという時に何の役にも立たない。結局は救ってもらうばかりで、何も返してあげることができないのだ。  「あなたは無力なんかじゃありませんよ」  「クレイグ様……?」  「魔法を使えるからといって、力がある訳ではありません」  こんな時にクレイグは何を言い出すのか。  魔法が使えるからこそクレイグも、イゾルデや魔物からこうしてリーリアを守ることができるのだろうに。魔法が力ではないというのなら、いったい何を力と呼ぶのか。  「本当に凄いのは殿下、あなたですよ。あなたの存在そのものが、力なのです」  「私の……存在が?」  「あなたがそこにいるだけで、私たち魔道師の心の中に光が生まれるんです」  クレイグは石の壁にゆったりと背を預け、瞳はここではないどこかを見ているようだった。  「私たちはこの力がなければ、国にとって何の価値もない人間です。力を失えば宮廷魔道師団に在籍することすらできなくなる……だから皆、いつも心のどこかで怯えている」    そういえば昔、魔道師は魔力を失うことが稀にあると聞いた。  原因はわからないが、ある日突然魔力を使えなくなり、改善の余地も見られず、市井で暮らすことを余儀なくされた者もいると。  「アカデミーにはあなたの出自を羨んで、あれこれと陰口を叩く者も中にはいたでしょう。けれどあなたは、魔力など持たなくても立派にやっているではありませんか。これまで魔道師が司ってきた閉鎖的な領域で、誰に引けを取ることもなく、研究所で講師をするまでに実力をつけた。あなたの存在は希望ですよ。魔力を持たなくても、道はあるのだと」  「……クレイグ様……」  「そうやってあなたは導いて行くんだ……弱い立場の者たちを慈しみながら。それは凄い力です。誰もが持ち得るものではない」  自分はクレイグの言うような、そんな大層な存在じゃない。  ただユーインを追いかけていただけだ。  ──でも、それだけじゃない……  アカデミーで学ぶ事が、本当に好きだった。  魔道師の皆と、見たことのない世界を覗く事が楽しくてたまらなかった。  クレイグは、そんなリーリアをユーインとは違う目線で見守ってくれていたのかもしれない。  「あなたは眩しい……いつも、どこにいてもすぐにわかる……」  クレイグの手は再びリーリアを抱き寄せる。  「クレイグ様!」  「……これは治療です。ユーイン殿には秘密にしておけばいい……お願いだから」  切羽詰まったような、余裕のない声。  強い力で抱き締められ、リーリアはその手を振り解く事ができなかった。   
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