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形而上腐男子
志望校の欄に、『大気』と書いてみた。
別に、そんなあるかどうかもわからない名前の大学に進学したいという話ではない。
そうではなくて、文字通り、地球上のあらゆる場所に存在する『大気』になることを志望しているという意味だ。
申し遅れたが、俺の名は瀬能隼朗。
ごく一般的、平々凡々な腐男子学生だ。
腐男子なので、己、つまり瀬能隼朗本体の行く末には毛ほども興味はなく、ただひたすらにボーイとボーイがミーツする書物を貪り読んだり、その様を遠くから観察したりしたいのである。
どうすれば、全世界中のBLをあますところなく見届けられるのか?
考え抜いた末、辿り着いた結論が大気だったというわけだ。
「大気中の…どれ?窒素?酸素?二酸化炭素?」
「うわっ、八重崎いつの間に!?」
突然声をかけられて驚き、ガタンと机を鳴らして立ち上がる。
机の向こう側、端に指をかけてちょこんと顔を出しているのは、級友の八重崎木凪だ。
長い睫毛の影が落ちる宝石を埋め込んだような美しく大きな瞳。透き通るような白い肌。小柄で、折れそうなほど細い肢体。
ここがBL作品中なら、道を歩いているだけで攫われて、金持ちの集まる裏オークションにかけられそうなずば抜けた美貌の少年だ。
八重崎とは、彼が恋人(男)とのことで悩んでいたところに、うっかり俺が腐男子であることがバレて、相談に乗って欲しいと頼まれて、それから仲良くしている。
これだけの美貌なので、「これなら男でも……」というモブが出てくるのではないかと期待もとい警戒しているが、今の所そのようなアクシデントは起こっていないので、残念もとい安心だ。
もちろん、闇オークションにかけられた話も聞いていない。
「大気と一言で言っても成分は色々……攻も色々……受も色々……」
八重崎には謎の発言が多いので、周囲としても、美少年枠ではなく謎の生き物枠なのかもしれない。
彼がBL用語を口走るのは、俺が参考にと勧めた書物のせいであるというのは遠い棚の上に放り投げておく。
「いや、別に具体的にどれとかはないけど、一番世界中に満ちてるやつで」
「割合が多いのは…窒素…。オメガバースで言えば…ベータ…」
「えっ、じゃあアルファ様は!?」
「大まかに多い順で並べるなら、酸素、アルゴン、二酸化炭素…」
じゃあ酸素がアルファでアルゴンがオメガ?
だとしたら……、
「最後の二酸化炭素何?」
「稀によくある…産めるベータとか…イレギュラーっぽいアルファやオメガ…」
「いるねそういうの!そっか大気ってオメガバースだったんだー!」
これからは、自分を取り巻く空気がオメガバースだと思えば、無人島に行っても萌えていられそうだ。
うんうんと納得しかけて、新たな問題が浮上したのに気付いた。
「って、そうしたら俺は大気になれない……!」
ただ観察できればそれでいいわけで、自分自身がそうなりたいわけではない。
俺は机に突っ伏し苦悩する。
当てはめただけで一つもオメガバースではないというまともなツッコミを入れてくれるではなく、前の席の椅子を勝手に陣取った八重崎は、ぽつりとつぶやいた。
「アカシックレコード……」
「?」
「それが何かについては諸説あるけど……記憶の集合体、神の無限の記録などとする説もある……」
突然の中二かと思ったが、八重崎の言わんとすることを悟り、俺はゴクリと唾を飲み込む。
「まさかそこには、BLの全ても……?」
「……あるいは……?」
「で、そのアカシックレコードはどこに?」
「チャネリングで……あるいはエーテル体になると……アクセスできるかも……って……どこかの誰かが言ってた……」
「そっか、じゃあ俺、エーテル体目指すよ!」
どうするとなれるのかはわからないが、希望進路は大きく「エーテル体」と書いて提出した。
担任に呼び出されて、意図を聞かれ、甲子園的なノリで「アカシックレコード目指してますんで!」と説明したら、異様に心配されて親にまで連絡がいく大事になってしまったのだった。
その騒動のもう少し後、謎の生物を庇ってトラックに轢かれた俺が、異世界で神様を始めるのはまた別の話……。
終
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