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7
小鳥の鳴く声と空の淡い青が、朝の空気を少しだけ軽くしていた。
列の後ろに並ぶと、さらにその後ろに人の来る気配がした。ちらりと見えた足元は先の細くなった大きな革靴で、前に並ぶ人も同じような靴を履いていた。
停止した電車の扉が開く。人が滝のように降りてきた。ほとんどがダークジャケットを着た人たちだ。
滝が途切れると、私はそこへ乗り込んだ。もわっと生暖かい空気と、黒い背中たち。私の顔はそんなものに囲まれた。
鞄を持つ手に力をこめる。背中に顔をうずめそうになり、踏ん張ってこらえた。
汗がじわりと滲んだ。ふう、と息を吐く。
これから少しずつ慣れていけばいいのだと言い聞かせた。時刻を見ようとスマホを手に取る。真っ黒な画面に映った自分が、ちゃんと大人になっている。声を出さずに「よし」と呟いた。
「晴菜」
短く私を呼ぶ声がした。振り向くと、黒や紺の人影に混じって彼がすぐ傍へ来た。
太い眉に、にきびの痕が残る顔。視線を合わせると、彼は目を細めて笑った。
「おはよう」
大好きだった人に裏切られた。けれど、大好きな人ができた。今なら、彼との間に引かれた二等分線を越えられたと、胸を張って言える。
越えてしまったら二等分線ではないだろう、という尤もな指摘は、一旦脇に置いておいて。
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