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 五組の教室を覗き込む。ドアも窓も開け放たれていて、既に生徒も半分はいなくなっていた。残っている人たちはのんびり荷物をまとめるか、お喋りに余念がないかのどちらかだった。  曽根村(そねむら)ならまだ残ってるよ、と出ていく女子に声をかけられた。ありがとうと返すと相手もにっこり笑う。 「昨日は現代文の教科書、ありがとう」  別の女子にも礼を述べられる。友人の友人という繋がりで、流れで教科書を貸したのだ。 「困ったときはお互い様だよ」  そう返して相手の腕にそっと手を添えた。彼女は照れくさそうに笑いながら教室を出ていった。  女子たちの目は、みんなキラキラしていた。  一歩踏み出すと、男子たちの熱を帯びた視線がちらちらと向けられた。それらを払いのけるようにして、一人の男子の元へ向かった。一番後ろ、窓から二列目の席だ。 「やっほー、諒太(りょうた)」  男子三人に囲まれて談笑している彼の名を呼んだ。彼が笑うと目尻に皺が寄り、綺麗に並んだ歯がちらりと見えた。さらには、目や襟にかからないように手入れされた髪が、窓から差し込む夕陽を受けてきらきらと輝いている。  私が話しかけると、三人の男子たちはにやにやしながら彼の肩を叩いてその場を離れた。去り際に目が合った私は眉根を寄せた。  彼らの背中を見ながら、私は溜め息をついた。 「男子ってなんでいつもあんな脂ぎった目でこっち見てくんの」  彼は、三人に向けていた笑顔を固めたままこちらを見た。 「ああ、松川(まつかわ)」  すぐにふうと息を吐いて机に肘を突いた。先ほどの笑みは消えていた。 「ここでは諒太じゃなくて曽根村な」  何だお前かと言いたげな目でこちらを見た。先ほどとは打って変わって不細工だ。よく見ると野暮ったい太い眉に、頬にもにきびの痕がいくつも残っていた。「うわ」と声を上げて後ずさった。 「何だよ。そうやって俺をからかいに来たわけ? 大事な用があるんじゃないの? ほら、嫌な夢を──」 「まさか。そんな時間あったら守山(もりやま)さんとどうやって仲良くなるか考えたほうが百億倍マシ」  何か言いかけた彼に、言葉を被せる。ちらりと彼女に目を遣った。一番前、壁際に彼女はいた。背中を向けていて表情はわからない。
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