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 広い体育館に、一体どのくらいの時間をかけて並べたのかというほどのパイプ椅子の列。まだ式が始まる前だったが、自己紹介をするぎこちない声や久しぶりの再開を喜ぶ声が早速聞こえてきた。  私は係の人の案内に従って席に着いた。 「初めまして。松川晴菜です」  隣で俯く女子に声をかけた。縁の細い眼鏡をかけている。彼女はゆっくりと顔をあげて前方を見たのち、目だけをこちらに向けた。 「あ、あの、守山安希乃(あきの)です」  喧噪にあっという間にかき消される声だった。一瞬だけ一重瞼の目と合った。彼女は首を小さく前に突き出した。しかしまたすぐに目を逸らしてしまう。  それでも私は、彼女に笑みを向け続けた。 「よろしくね」  俯いたまま小さく頷いた彼女との会話は、それで終わった。本当にそれだけだった。けれど、彼女の周囲に清純な空気が流れるのを、私は感じた。男性の気配が微塵もない、私が憎む対象と一番遠くにある存在。前髪や横髪が長くて、俯くとすぐ顔が隠れる。固く閉ざされた口だけは覗いている。  頬がかっと熱くなった。隣の席で、膝に握り拳を置く彼女の、その手を取りたかった。足の爪先から腿までぴったりくっつけて、下を向いたり前方の舞台を見たりする彼女。そわそわと落ち着かない様子だった。  月のように控えめに輝く彼女は、まさに簡単には触れられない「湖面に映る月」だ。  ──守山さんと、友達になりたい。  そのひとことを、言えたらよかった。
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