短所ワクチン

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 僕は決意した。  短所のない人間になってやろうと。   クリニックに行って、「大きな病院で徹底的に治療をしたいんです。紹介状を書いて下さい」と医者に懇願した。 「わかりました」  医者は、あっさり紹介状を書いてくれた。 「最近、そういう患者さんが増えているんですよね。引き続き、治療を頑張って下さいね」 「先生。ありがとうございます」  僕は大きな病院で精密検査をして、徹底的に短所を洗い出し、ワクチンを打って、打って、打ちまくった。  次第に、僕は仕事で怒られることが無くなった。 ―*―*―*―*―  薄々気付いていたが、会社の業績が悪くなっていた。     誰かがリストラされるらしいという噂を聞いた。  リストラされるのが誰にせよ、短所ワクチンさえ打てば防げた事態なのにと腹立たしくなった。    目立つ短所があるからリストラされることになったのだろう。  みんなの短所に気付く度に、なぜ直そうとしないのかが不思議だった。  自己分析したり、僕みたいに精密検査をして短所ワクチンを打ちに行けばいいだけなのに。  ある日外出から戻ると、部下が「社長が探してましたよ」と僕に言った。 「何の用事か言ってた?」 「いえ。何も」  社長室に向かうと、社長が俯きながら椅子に座っていた。 「遅くなりました。ご用件は?」    返事がない。     長い沈黙の後、社長が顔を上げ、口を開いた。   「残念だ」    リストラされることになったのは、僕だった。 「理由をお聞きしたいです!」    声を震わせながら、僕は叫んだ。 「仕事は出来るが、無個性だからだ。君が短所ワクチンを何回も打っていることは聞いているよ。過去の君は、確かに短所だらけだった。でも、そこが良かったんだ」 「どういうことですか?」   「短所と長所は表裏一体なんだ。君は短所がなくなったが、長所もなくなってしまった。目立つ短所があっても、尖った人材に残ってもらいたいんだよ。これからは、ハイリスクハイリターンな方針でやっていくことに決めたんだ。君のような無難な人材は不要なんだよ」 「そんな……」  それから、短所ワクチンの効果が切れるまでの三年間は長かった。  転職には苦労した。     今の職場は、まあまあ楽しい。  そろそろ、健康診断の結果が届く時期だ。    僕と性格が似ている後輩がいる。    もし、後輩に短所ワクチンを打つかどうかの相談をされたら何て言うべきだろうかと悩んでしまって昨日は良く眠れなかった。  悩みすぎて、なかなか結論を出せない所も僕の短所だ。  同時に、物事を深く考えることができるという長所でもある。  只今、午前2時。  今日も8時半から仕事がある。   部屋の静けさの中で、物事は見方次第で、どうにでも捉えられるものなんだなと考えている。  悩んだ末に気付けた事だ。      (了)    
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