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最後の待ち合わせ
スポットライトの熱。見慣れたスタッフ。
信頼のおけるメンバー。暗い客席に光り輝いて揺れる、無数のペンライトの海。
『アンコール!アンコール!アンコール!』
アンコールのステージへと、僕たちを呼ぶ声。
その声は、今日はもはや悲鳴に近いし、実際に悲鳴も混ざっている。
なぜならこれは、デビューから活動をともにしてきた僕が所属するグループの解散前ラストコンサート。
これを期にみんな、今よりそれぞれ個人がやりたい仕事に集中する。
好きでこの仕事を選んだ僕たちだから、離れるわけではないけれど、そろってファンの前に現れることはなくなる。
さよならではないが、ファンと僕たちの大事な節目になる日だ。
今日は、僕個人にとっても節目となる。
アンコールへ向かう幕裏、全員で輪になりそれぞれメンバー全員と顔を見合わせる。
今日までありがとう、僕らよくやったなという想いを目と目で会話する。
この場面へきて言葉がいらないくらいには、僕たちは時間を共有してきた。
だけど僕には、言葉にしてメンバーに感謝しなければならない事がある。
「僕の個人的な発表を、今日ここでする事を理解してくれて本当にありがとう」
僕は固い表情で感謝を述べて、頭を下げる。
なかなか止まらない汗を拭いながら、僕の大好きなメンバーたちが笑顔で次々と僕を許してくれる。
「ずっとお前の恋を見てきたからな、そんな一途なドラマはハッピーエンドにしてくれなきゃこっちが泣いちゃうわ」
「もうさ、ここで言わなきゃいつ言うの?」
「決めた事は、やり遂げるのが男です!good luck✩」
「メンバー全員の幸せが僕たちの幸せでしょ?僕たちの幸せが、ファンの幸せだよ、大丈夫!」
なんて心強い仲間たちなんだ。だから今日までやってこれた。やっぱり、最高のメンバーだ。
「ありがとう。最後に、みんなに甘えさせてもらう。フォローを、よろしく頼む」
メンバー全員がニカッと頼もしく笑う。
全員で、最後のステージへと向かう。
※
君と初めて空港で待ち合わせしたあの日から、怒涛のスケジュールに追われ、あっという間に数年の年月が流れた。
連絡はたまにとっている。僕にすぐ返信する余裕がないし、それは君も知っていてすぐに返信しては来ないのでやりとりは少ない。
「ツアーお疲れさま」とか「アルバム楽しみにしてる」とか、話の内容もあの日から進歩していない。
だって1番大事な「会いたい」という気持ちは、僕たちは簡単に口に出せないから。
実は何度か、「会いたい」と送信直前まで準備したこともあったが、その度に削除した。
言ったところで、その時間も作れないし、僕がそんな事言ったら、君に怒られるだろう。
あの日冷静に、僕の好意を保留にするほど、君は本気で僕のグループのファンなんだから。
あの日、君からもらった約束の言葉。
『그 때가 되면 다음에는 제가 만나러 갈게요』
(その時がきたら、今度は私が会いに行きます)
その約束は、今日守られた。
僕だって、君が言う"その時"というのが"僕がアイドルでなくなる時"だということはわかっていた。
だから解散コンサートが決まった時に、席を用意すると連絡した。
もはや想定内だったが、君に断られた。
『ぜっっったいに、自力でチケット取って行ってみせる!!』
「うん、言うと思ってたけど…一応ね?聞いてみたんだよ」
『私が関係者席で喜ぶと思う?!自力でもっともっと神席取るから大丈夫!』
元はと言えば、僕は君のそんなところを好きになったので、もう何も言えない。
何年経っても相変わらずの君に、安心したくらいだ。
チケットの引き換えとステージの形状が発表されたあと、珍しく君から着信がきていた。
その日も仕事が遅く終わり、もう寝ているかもと思いながら念の為折り返しの電話をかけた。
『…もしもし』
「今家に帰ってきたんだ、遅くにごめんね」
『…うん』
次の言葉が出てこない君の様子にやっと気付く。こんな時、電話しかできない距離がもどかしい。
「どうしたの?」
『チケット…取れたよ』
「良かった!え、泣いてるの?」
一体なにごとかと思っていたので、少し安心した。君が理由を言えるように、誘導する。
「最終公演こっちだけど、来られそう?」
『何があっても行くに決まってるでしょ!!』
「じゃあなんで泣いてるの?」
電話の向こうで、君がひと息ついてから答える。
『とんでもなく、神席…神席なの、たぶん…』
あぁ、良かった。つまりは嬉し泣きっていうことだ。
「ちなみにどのへんなの?僕、見つけたい」
『…秘密。良すぎるから、秘密』
なんだその可愛いいじわる。
でも本当に良かった、君の本調子が戻ってきた。
「では会場でお待ちしています♪」
僕もふざけて答えるので、笑い合って無事に今日を迎えられた。
※
過去最高の声援を受けながら、アンコールの1曲目が終わった。
ここで1人ずつコメントをする。
僕の順番は、最後だ。
他のメンバーのコメントが1人終わるたびに、僕の緊張が増していく。覚悟は、出来ているつもり。
ついに僕の順番になり、メンバーたちが僕の方を見て頷く。
「今日まで、たくさんの応援をありがとうございました。メンバーと、ファンの皆さんと過ごした日々は宝物です。皆さんが大事だからこそ、僕からきちんと今日直接伝えたい事があります」
堂々とやりきるつもりだったけれど、緊張と不安と、メンバーの優しさが滲みて少し涙ぐんでしまった。
それが大画面のモニターに映ると、ファンのみんなが動揺し始める。
僕は、意を決して伝える。
「僕には、大切な人がいます」
会場が悲鳴混じりにどよめく。
想定内だったが、心が痛む。それでも決めた事だ、最後まできちんと伝える。
「今日、このグループとしての活動、アイドルとしての活動を終えてから、お付き合いしたいと思っています。できたら、結婚もしたいです。そのくらい、僕にとって大切な人です」
会場は、悲鳴に泣き声も混ざってきてしまった。隣にいたメンバーが、僕の背中をそっと押してくれた。
「ここまでともに歩んでくれた皆さんのことが大事だからこそ、他の誰かや何かからではなく、僕から伝えることを決めました。今日この場をお借りして、正直に伝えることができて良かったです。僕の幸せを願ってほしいなんて言いません。僕は、皆さんが幸せでいてくれたら幸せです。これから僕たちがグループで活動しなくなっても、皆さんどうか幸せに過ごして下さい」
パチパチパチ…と、まだらな拍手がわく。
メンバーたちが、ステージの上で大げさに拍手をしてくれる。
つられて、会場の拍手が大きくなっていく。
「これからも、僕たちみんなで幸せになりましょう!」
と、グループで1番明るいメンバーがコメントを締めてくれた。
おかげであたたかい空気の中、最後の1曲を会場のみんなとともに熱唱する。
まだ泣いている人もいるし、僕に向かって祝福の拍手をしてくれている人もいる。
なにより、メンバーたちが次々僕に駆け寄ってくれた。
そして、センターステージの正面ではなく、少し横の僕の立ち位置前の最前列で、嬉し涙を流している人がいる。
"たぶん神席"と言っていた、君だ。
本当に神席だった。席がどこかなんて僕が聞かなくても、ステージに上がった瞬間動揺したくらいに僕の立ち位置目の前。
自力でそこを当ててくる君は、やっぱりさすがだ。
僕の最後のステージを、あくまでもヲタクの1人として君は最前列で見届けてくれた。
※
いま僕はひとり、空港に車で向かっている。
ついに君との、最後の待ち合わせ。
キャリーケース1つ片手にやってくる君を迎える。 僕の正面に立つと、 君がスラスラと言う。
『오늘부터, 이쪽에서 신세를 집니다.잘 부탁드립니다』
(今日から、こちらでお世話になります。よろしくお願いします)
どうだ!とばかりにニヤニヤしながら。
「すごい!上手になってるじゃん!」
と僕が驚いて言うと、君はいつもの調子で得意気に答える。
『ヲタクもアイドルも、約束を守りますからね』
2人して笑いあって、君の荷物を僕が持ち、空港の出口へ向かう。
今日から僕たちは、同じ場所から出かける。同じ場所へ帰る。仕事中に離れている時間にも、すぐ会えるからこそ「会いたい」と気軽に言えるようになる。やっと、そんな日がきた。
僕たちが初めて空港で会ったあの日から数年、色々なことがあったけれど……
今日が僕たちの、最後の待ち合わせ。
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