出会い

1/8
41人が本棚に入れています
本棚に追加
/142ページ

出会い

【大和田茜】  数日前から大和田(おおわだ)(あかね)は、利き手である右手首に違和感を覚えていた。だが、何食わぬ顔で仕事をこなす。 ──だって、ここをクビになればどこも私を雇ってくれないから。  高校を卒業してから二十三歳の今に至るまで、アルバイトを転々としてきた。ファストフード店から始まって、ファストファッションの店、そして街頭でのティッシュ配り。だが、どれも長続きはしなかった。  アルバイトが続かない理由に、茜は心当たりがあった。子どもの頃から、他人の顔を覚えるのが著しく苦手だから。だから、ファストフード店やファストファッションの店では客の顔を覚えることができず苦労したし、それならばと取り組んでみたティッシュ配りでは、一度通った客の顔すら覚えていられなくて、同じ客に複数個ティッシュを配る始末。  そんなだからティッシュ配りでさえクビになった茜がたまたま目にしたチラシ。ひとり暮らしのアパートの郵便受けにあった求人広告に掲載されていた、運送会社での仕分けの仕事。藁にもすがる思いで電話をかけた先に待っていたのは、まるで茜のために用意されていたような仕事だった。  これまでの接客業ではなくて、商品が相手の仕事。もっとも、一年ほど続けた今でも、一緒に働いている職場の従業員の顔は覚えられない。だが作業服につけられた名札や声で認識できるし、仕事さえ確実にこなせば茜の抱える事情は詮索されないという職場の雰囲気に助けられてきた。そして何よりも、相手が商品だから気が楽だ。だからこそ、茜はこの職を失いたくはなかった。
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!