41 迷わず前進

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 人文系教養科目の中で、科学史は一番人気が高い。あいらは、この科目で90点を取ったと、目を輝かせて語っていた。  僕とプラネタリウムに行ったことをヒントにレポートを書いた。テーマは古代ギリシャと古代中国の天文学の比較。  プラネタリウムでは、歳差運動について解説していた。星空の回転の中心と星座の形は、数千年から数万年で変わるのだ。  講堂の重たい扉をそっと開ける。十分前だが講義は終わってない。早く講義を終える教授もいるから、早めに法学の教室を抜け出した。  広い講堂に散らばる五百人の学生から篠崎あいらを探す……すぐ見つかった。  左の前方の席に座っている。席の背もたれからちょこんと頭が見えた。灰色のパーカーのフードを後ろに垂らし、少し伸びた髪がかかっている。  両隣は男子だ。友達とは別行動なのか。女子が一割しかいないこの大学では、後ろ姿だけでも目立つ。  講堂の扉は前と後ろにある。彼女がどちらの扉から出るかわからないから、講義が終わったらすぐ掴まえないと。  十分間の科学史講義は長かった。いや、この先生、三分もオーバーした。すごく迷惑な先生だ。広いキャンパスで僕ら一年は、講義ごとに建物を移るのに。  ざわめきのなか、僕は講堂を出る学生らの大波に逆らって、あいらを目指す。  彼女はノートパソコンをのそのそともたつきながら片付けていた。  いつも実験室の不器用な彼女にイラついていたが、このときばかりは彼女の鈍い動きに助けられた。  リュックのファスナーに手をかけた小さな手の動きが止まる。  大きな目が、真円を形作り凝固した。 「へ? な、なんで?」  彼女が逃げないよう、両肩をがっしり掴んだ。
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