28章 新たな御主君

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9cf614e0-f4ac-4f95-a9a5-6578f15a66a4 (五)主殿頭という男 「手短に話せ。」 「はっ。大阪市中の荒銅取引にて、出羽の阿仁銅山より出ずる銅が珍重されております。阿仁の銅には銀が多く含まれており、南蛮吹きをもちいて吹けば、たちまち銀塊ができるほどであると。」 「どこから聞いた話だ?」 「大阪長堀町にございます、住友泉屋で働く者より、じかに聞きました。」 「なるほど。出羽の阿仁銅には、やはりいまだに銀が混じっておるのだな。」 平賀源内が進言する。 「恐れながら、もとは金山として名を馳せた土地です。金も含まれておるのではないかと…」 「ふぅむ。阿仁鉱山は3年にわたり公儀御料だったものを、久保田藩に預けたのだ。しかし藩主の左竹殿も少しだらしがない。荒銅の量も増えぬうえ、金銀と銅を吹き分けることもできておらぬとは…源内どのよ、おぬしが阿仁の山に入り、金銀と銅の吹き分けを指南しに行こうか?」 「願ってもないお話でございます。」 「そのようにいたそうか。銅吹き指南をする者のあてがあるか?」 「石見銀山にて指導をいたす山師で、吉田ともうす腕利きがおります。」 「そうか。では左様に。勘定はすべて久保田藩持ちにせよ。もし断るなら阿仁鉱山は上知(あげち)とする。」 短い言葉ですべての指示が終わった。源内が頭を下げて黙ると、今度は宇七が声をかけられた。 「工藤宇七郎。」 「はっ。」 「わしに仕えぬか?」 「はっ…?」 とつぜんの展開に、宇七は言葉を失った。 「ありがたきお言葉ではございますが…」 「そうだな。心配せずとも、わしにも今のあるじにも、同時に仕えることになる。」 「は、はい?」 言っていることがよくわからないが、それにしても露骨すぎないか?宇七は違和感を覚えた。 ーなんでこのひとは、こんなに偉そうなんだろう…久保田藩の藩邸詰め家老じゃないのか?銅座や銭座を監督する幕府の役人だろうか? 千賀家の主人が、話が済んだとみて宇七に深々と頭を下げ、意味深な挨拶をした。 「工藤宇七郎どの、またすぐにお目にかかることと思います。どうぞよろしくお願いいたします。」 宇七が座敷を出ると何事もなかったかのように、千賀と侍は医者と患者の会話をはじめた。 「本日は拙父をお見舞い頂き、恐縮でございます。せっかくですので、御脈などをお取りいたしましょう、主殿頭(とのものかみ)さま。」 「そうか、たのむ。」 家敷を出ようとした宇七を、福助が見送りに出てきた。立ち去ろうとする宇七に、福助が数歩ついてくる。福助にしては珍しいことだ。 「お元気そうですね。」 「ええ…亀次郎が、お世話になって…」 「いろいろありましたが、今は水野家の女中部屋にかくまわれています。話がしたければ、時間のあるときにいらしたらいかがであろう?」 宇七は思わず誘いの言葉を口にしてしまった。福助と目があった宇七は、亀次郎のことをもっと聞かなくては、と思うが、焦ってうまく言葉が出ない。 「亀次郎どのは…その…育てたのは…」 「亀次郎を、どうぞよろしくお願い申し上げます。」 福助が黙ったまま礼をした。それは静かで美しい、宇七が見たことのない、丁寧な別れの所作だった。 「失礼いたす。源内先生によろしく。」 後ろ髪をひかれるような思いを感じながら、宇七は藩邸への帰路についた。
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