29章 江戸の大火と秩父の山師

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(五)消えた福助 福助はもういない…? 源内の顔からぴたりと感情が消えたのを、新之丞は感じた。 「…どういうことでしょうか…?」 「そういうことだ。」 これ以上聞くな、そんな強い語気を感じて、新之丞は口を閉じた。その後も源内と焼き物や調薬のことを話し、半刻ばかりで千賀邸を辞した。 藩邸に戻った新之丞は、亀次郎にどう話そうかと迷った。 亀次郎の心配どおり、福助はいなくなっていた。そして源内の様子はなにか長い別れを感じさせた。旅か、別離。まさか死んではいないだろうが?新之丞は亀次郎に、福助が源内のもとを去ったらしい、とだけ伝えた。それ以上わからないのだから、嘘ではない。 新之丞は宇七にも、福助がいなくなったことを告げた。 「…源内先生と福助さんは、喧嘩でもしたんだろうか?」 「さぁ…わかりません。」 「あのふたりの関係は、亀次郎さんによれば複雑怪奇だな。」 「脅し脅され、ですか…」 「俺には源内先生と福助さんは、心から好き合ってるようにも見えたんだが…」 宇七は最後に見た福助の名残惜しそうな様子を思い出していた。 ー福助さんはあのときすでに、自分がいなくなると思っていたのではないか… 福助への憧れのような気持ちは絶ったつもりだが、一緒に旅をし、ともに過ごした時間は消し去れない。 「新之丞どのの眼鏡をもってしても、何も見えないのですか?」 「福助さんについては、何かが見えたことは、今までに一度もないのです。」 水晶眼鏡に映るのは、どちらかというと未来の凶事が多い。福助はそれよりも遥かに高い次元の力に包まれていた気がする、と新之丞は思う。 そして正月が過ぎ、若葉の緑も青々となったころ、江戸の町を揺るがす訃報が入った。一世を風靡した人気役者の二代目瀬川菊之丞が、数え年33歳の若さで亡くなったーというのだ。女形役者として引退しただけでも、菊之丞はずいぶんと世間を悲しませたのに、まさか亡くなってしまうとはー! 宇七は最初、この訃報をまるで信じられず、心を整えるのにしばらく時間が要りそうだと新之丞に伝え、新之丞もええ私もです、と答えた。 「女中部屋にいる亀次郎さんは、どんな様子かわかるかい?」 「それが…福助さんは死んでいない、と言い張るのです。荻野八重桐のときのように、役者の死は本当の死とは限らない、と。」 「それは…本当なら、そのほうがいいよな。」 「仁左衛門どのも、気を付けて見張るとおっしゃってくださいました。福助さんを探しに出たりすると、危険ですから…」
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