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(二)おたねの気持ち
「もし…もし、俺がいま、お前と一緒になりたいと言ったら、どうする?」
「お侍さん、自分の立場を考えてごらんよ。遊女の身請けができるほどのお大尽かい?」
「いや…だが、借金はないと言ったではないか。」
「店にしたらそんなの関係ないさ。吹っ掛けられるに決まってるよ。」
まぁ、つまり、おたねは宇七と一緒になる気はない、ということだ。
「俺が金持ちだったら、話は違うんだろうな。」
「金だけじゃない。家柄もさ。侍と遊女が一緒になれるのは、あの世だけだよ。だからみんな心中するのさ。」
あまりにひどい言葉に、宇七はおたねの口を自分の口でふさぐと、そのまま抱きしめた。おたねはその口を強く吸い返してくる。
ーあれ?思ってたのと違うぞ?
そのままふたりは布団の上でくんずほぐれつ、互いの着物をむしり取りあってひとつになった。おたねは宇七の心を裂くような酷いことを口では言うくせに、身体はとろけるようにひとつになりたがる。やがて聞きなれた懐かしい声を上げ始めた。
「やっぱりお前は声が大きいな。」
「誰にでも大きいわけじゃないさ。でも…あんまり大きい声を出すと、叱られるから…」
「心配するな、声が出なくなるまでしてやるから。」
おたねも自分のことを同じぐらい求めている。たった一晩でも気持ちが知れて良かったと思いながら、宇七はおたねを抱き続けた。
果てたあとに、おたねが宇七を抱きしめて呟いた。
「なんにも知らない頃のあたしが、あんたと出会ってたら…」
「何もかも知ってるみたいに悪ぶるな。」
「そりゃあいろいろ知ったさ…」
おたねは寝床の中から天井を見上げて、ぼやいた。
「もう会いたくなかった。あんたと寝ると他の男と寝るのが、辛くなる。」
「おたね…」
宇七がおたねの顔を手で引き寄せた。
「俺がお前にぞっこんなのは、わかるだろう?」
「ぞっこんだけど、それだけさ。一緒に暮らすことも、年を取ることも叶わない。」
「俺はな、このところ、功徳を積んだ坊主と旅をしてるんだが…」
「あのとっちゃん坊やみたいな侍かい?」
「あいつは中身は坊主なんだ…でな、来世ってやつを信じるようになった。来世で生まれ変わったら、俺たちは必ず一緒になろう。今から誓っておけば、きっとそうなる。」
「ふふふ…明日の朝には忘れちゃうんさ、そんなのは。」
「そしたら、明日の朝に発ったら、お前を忘れていないってことを、知らせるよ。」
「どうやって?」
「今から考える…」
それは初めて、ふたりが寝床で抱き合いながら眠りについた夜だった。そして最後の夜でもあった。
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