27章 おたねとの契り

4/6
前へ
/106ページ
次へ
(四)白子湊の使者 白子湊で一行を待っていたのは、仁左衛門からの使者だった。 「これより先は荷と共に江戸まで船に乗れ…仁左衛門さまからのご指示です。」 「…それが良いだろうな。また伊那の山中で襲われたりすれば、もう防げるかわからん。」 やはり自分たちは、仁左衛門に一挙手一投足を見張られている…新之丞と宇七はそれを感じながらも、帰路の困難を考えるとその手配に感謝せずにはいられなかった。 「えぇと…ご指示書きの続きがございます。路銀のあまりは伊勢名物を買って来い、と。」 「またか。」 「何を買いましょうか。」 「そうだなぁ…伊勢の名物といえばうどんだが…日持ちがせんだろうな。」 「赤福餅という餅も有名と聞きますが、これも日持ちしないでしょうね。」 しばらく意気消沈していた亀次郎が、ご馳走の話に目を輝かせる。 「伊勢海老はどうでしょう?」 「腐ってしまうのではないか?」 「生きたまま網籠に入れて、船に吊るして海の中に入れておくのです。きっと江戸まで持つと思います。」 「うーん。やってみるか。」 宇七が浜に行って漁師に相談をしてみる。 「江戸までかい?持つかねぇ…やったことねぇから。」 「駄目ならそれまでだ。一両ぶんほど、伊勢海老をくれ。」 「お侍さん、そりゃ江戸の買い方だ。こっちでは何匹くれ、って言ってもらわないと困る。」 藩邸の面々を思い出す。上様は一匹まるごと、奥方様、側室様、お姫様…仁左衛門、旗本連中…けっこうな数だ。 「二十匹ほど。」 「へえ、まいどありがたいことで。」 「あ…伊勢にも昆布はあるか?」 「乾物問屋にあるはずですが。そうだ、お侍さん、お土産なら山椒ちりめんをお買いなさい。」 「山椒ちりめん?」 「きっと喜ばれますよ、それから伊勢海老が弱ってきたら、背から開いて干しちまってください。干物にすれば、しばらく持ちますよ。」 「伊勢海老の干物か。豪勢だな。よし、じゃああと十匹くれ。全部で三十だ。」 宇七は生きた伊勢海老三十匹と、包丁を一本買って浜から帰ってきた。 「宇七どの、その包丁は?」 「これか、伊勢海老が動かなくなったら、背から開いて干すやり方を教わった。武家は腹から切るのを嫌うから、必ず背開きだそうだ。」 「…なるほど…」 揺れる船の中で、宇七どのは干物まで作る気か…水が苦手な新之丞は、少しくらっとした。
/106ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加