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(四)白子湊の使者
白子湊で一行を待っていたのは、仁左衛門からの使者だった。
「これより先は荷と共に江戸まで船に乗れ…仁左衛門さまからのご指示です。」
「…それが良いだろうな。また伊那の山中で襲われたりすれば、もう防げるかわからん。」
やはり自分たちは、仁左衛門に一挙手一投足を見張られている…新之丞と宇七はそれを感じながらも、帰路の困難を考えるとその手配に感謝せずにはいられなかった。
「えぇと…ご指示書きの続きがございます。路銀のあまりは伊勢名物を買って来い、と。」
「またか。」
「何を買いましょうか。」
「そうだなぁ…伊勢の名物といえばうどんだが…日持ちがせんだろうな。」
「赤福餅という餅も有名と聞きますが、これも日持ちしないでしょうね。」
しばらく意気消沈していた亀次郎が、ご馳走の話に目を輝かせる。
「伊勢海老はどうでしょう?」
「腐ってしまうのではないか?」
「生きたまま網籠に入れて、船に吊るして海の中に入れておくのです。きっと江戸まで持つと思います。」
「うーん。やってみるか。」
宇七が浜に行って漁師に相談をしてみる。
「江戸までかい?持つかねぇ…やったことねぇから。」
「駄目ならそれまでだ。一両ぶんほど、伊勢海老をくれ。」
「お侍さん、そりゃ江戸の買い方だ。こっちでは何匹くれ、って言ってもらわないと困る。」
藩邸の面々を思い出す。上様は一匹まるごと、奥方様、側室様、お姫様…仁左衛門、旗本連中…けっこうな数だ。
「二十匹ほど。」
「へえ、まいどありがたいことで。」
「あ…伊勢にも昆布はあるか?」
「乾物問屋にあるはずですが。そうだ、お侍さん、お土産なら山椒ちりめんをお買いなさい。」
「山椒ちりめん?」
「きっと喜ばれますよ、それから伊勢海老が弱ってきたら、背から開いて干しちまってください。干物にすれば、しばらく持ちますよ。」
「伊勢海老の干物か。豪勢だな。よし、じゃああと十匹くれ。全部で三十だ。」
宇七は生きた伊勢海老三十匹と、包丁を一本買って浜から帰ってきた。
「宇七どの、その包丁は?」
「これか、伊勢海老が動かなくなったら、背から開いて干すやり方を教わった。武家は腹から切るのを嫌うから、必ず背開きだそうだ。」
「…なるほど…」
揺れる船の中で、宇七どのは干物まで作る気か…水が苦手な新之丞は、少しくらっとした。
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