27章 おたねとの契り

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(六)平賀源内の尻持ち 瀬川菊之丞はこれからという役者だったから、いま菊之丞を連れていかれたら一大事とばかりに、興行師連中がなんとかまとめた身代わり取引だったという。 荻野八重桐は女形ながら妻子持ちで家族思いだったため、役者仲間からもずいぶん気の毒がられたと亀次郎は言う。 それにしても引退興行すらできないで行方不明とは…どれほどせっかちに迫ったか、想像できようというものだ。 「…誰だい?そいつは?」 「あたしも知らないんです。でも、誰も逆らえないぐらい力があった人じゃないかしら。」 「だが、自分の秘密を握られていると知った閻魔大王も黙ってないだろう?」 「うん、源内先生は閻魔大王も、脅したんじゃないかしら。だって、根南志具佐(ねなしぐさ)が江戸に出まわった翌年、ご公儀の山師を始めたんですって。あんまり出来過ぎじゃない?」 「だとすると、そうとうな有力者を脅したことになるな。」 「だって、閻魔大王ですもの。」 ー平賀源内という男は、たんなる蘭学者である以上に、きな臭い存在なのかもしれない… 太陽が少し陰った。亀次郎が寒そうにしているのに気付いて、宇七は上着を脱いで渡す。 「亀次郎さん、これを着ろよ。」 「ありがとう…宇七さんはやさしいね。」 「そうでもない。」 「あたしがあにさんだったら、すぐに宇七さんの寝床に忍び込んでやるんだけどなぁ。」 「俺はそんなに簡単に落ちんぞ。」 いや、俺は簡単にころっといくだろう、と心中では思っていた。あの福助に本気で迫られたら、落ちない男はいないのではないか。源内が脅してまで自分のものにしたのもわかる。 「福助さんはやさしいのかい?」 「ええ。あにさんは、あたしのお母さんでお兄さんで…いっとう好きなひとなの。」 「そうか。」 お七さんを押し付けてしまったのもあるし、福助のためにも亀次郎をなんとか守ってやらないといけない…宇七は亀次郎の横でふたたび釣り糸を垂れた。 船倉から、新之丞が亀次郎を心配して呼ぶ声がする。 「そろそろ、戻ったらどうだい?」 「うん。ありがとう。」 亀次郎は着物を宇七に返すと、船倉に戻っていった。空は夕暮れはじめていた。
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