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28章 新たな御主君
(一)伊勢海老の凱旋
江戸藩邸に戻った宇七と新之丞は、仁左衛門への報告の場にいた。
「本草の買い付け、ご苦労だった。お土産はご挨拶と共に差し上げて歩くがよい。さて…その娘、というか、若者、というか…」
「大山亀次郎でございます。」
「うむ、女形じゃな…が福助の代わりに一行に加わった、そのいきさつと、その魔刀の話は、上様に直接ご報告を申し上げるがよい。のちほどお召しがあろう。まずは下がれ。」
「はっ。」
仁左衛門が亀次郎を手招きする。
「おぬしが男たちの中にいると、ひと悶着ありそうじゃ。しばらくは奥の女中部屋におれ。」
「はい。」
これは良い配慮だ…美貌の亀次郎が藩邸に足を踏み入れたときから、下男や藩士たちがざわついていたから。
宇七もどっと気持ちが緩み、少し部屋で休もうと思っていたのだが、新之丞に声をかけられた。
「宇七どの、活き伊勢海老をさばいて御造りにできますか?」
「えっ…漁師にやり方は習ったが、今すぐかい?」
「ええ。みなさまが今晩はご馳走だと、おおいに期待なさっているようです。」
宇七の餌付けが良かったようで、三十匹の伊勢海老のうち半分以上が生きたまま江戸に着いた。残りの半分も船上で干物にしたので、見るからに旨そうだ。
「鎌倉海老が江戸で食えるとは…」
「鎌倉どころではない、本物の伊勢海老ですぞ。」
「どうやって食うのだ?」
活きた伊勢海老を眺めながら、皆が生唾を飲んでいる。藩邸に料理番はいるが、藩主をはじめ一部の料理しかしてくれない。藩士は自炊するのが基本である。
「みなさまに伊勢海老の捌き方をご指南つかまつる。」
宇七は袂をたすき掛けすると、刀鍛冶が打ち出したという切れ味抜群の包丁を手に持ち、皆の前に立った。できるだけ楽しそうにやって見せる。
「このように殻をひねりまして、身の厚い部分を薄く削ぐのです。」
「ほぉぉぉ。」
「それ、御味見くだされ。」
「こ…これは…ねっとりとして、ぶりぶりとして、甘い…」
「どれどれ…」
「さぁさぁ、どんどん捌いていきましょう!」
興味津々で捌く手元を見ていた旗本に包丁を渡すと、宇七はおだてあげる。
「さぁ、お試しくだされい!…左様左様、さすがの刀捌きにございますな。」
皆の興が乗ってきた様子を見届けて、宇七は後退りすると自分の部屋に引き返した。隣りの新之丞の部屋からは、疲れからか、大きないびきが聞こえる。…新之丞、先に寝たな!
ー限界だ。俺も少し寝せてもらう…
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