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(二)妖刀村雨?
翌日の午後、殿様からのお召しがあった。
新之丞から土佐の蜂蜜や蘆薈の木を受け取った忠友公は、たいへん喜んだ。
「出立にあたり、眼鏡を拝領いたし、まことに嬉しく、ありがたき気持ちで旅を続けました。」
「うむ、本草の買い付けには目利きが必要だからな。」
宇七にも声がかかる。
「昨晩の膳にあった伊勢海老は、まこと珍味であったな。よく生きたまま持ってきたものだ、工藤。」
「はっ、ありがたきお言葉。」
「さてー」
本題に入った。新之丞と宇七は大阪で知った銅座の秘密、そして伊賀で起きた事件を丁寧に説明していく。
お七の魔力を悪用しようとする輩に襲われ、連中は炎の化身であるお七と凶暴な妖刀を結び付けようとしたこと、そしてそれを江の島の老僧が阻止したことー
「お七の魂は亀次郎どのに封印され、妖刀も大山阿夫利神社の護符と、ご老僧の生き血で封印されました。」
新之丞が深々と頭を下げて妖刀を捧げる。
「僭越ながら、封印は御解きになられませぬよう、お願い申し上げます。」
「うむ。」
忠友公は三方に載せられた刀をじっと眺めると、言った。
「伊賀街道で拾ったと申したな?」
「はっ。」
「この太刀のかたちは村雨によく似ておる…」
「村雨…」
村雨は伊勢国桑名で六代続いた刀工である。三河武士がこぞって愛用した強靭な刀だ。名刀ゆえに不祥事にも用いられ、徳川家康公の祖父、父、長男の非業の死には、いずれも村雨が関わった…とまことしやかに伝えられていた。
このため江戸も中期になると、村雨は忌み嫌われる妖刀の代名詞となっていた。
「しかし、村雨にしては、もっと時代が古いようだ…刃紋を見ればもう少し出自も分かろうが、封印を解くわけにいかぬからな…」
鞘から出せぬ太刀を見ながら、いらいらと顎をしごき、忠友公が首をひねる。
「それにしても、なんという大男の刀であろう…大御所様の御愛用だった太刀よりも長い…」
忠友公のいう大御所様とは、吉宗公のことであろう。太刀の長さは持ち主の体躯に比例して作られる。紀州でのびのびと育った吉宗公は、ずば抜けた大男であったことで知られ、その太刀を持って歩く小姓はたいへん苦労したという。
じっさい、新之丞の背の高さではこの妖刀を引きずってしまうため、背中に背負ってきたほどだ。
「そうか、こちらが先で、村雨がこれに似せて作したというのが正しいのであろうな…それほどの名刀、それを履く大男…」
やがて忠友公の顔色が変わり、刀を手に取ると新之丞と宇七に、ご苦労であった、下がれと命じた。
「…上様は、妖刀の素性が分かられたように見えましたな。」
宇七が新之丞に言うと、新之丞は何も言わずに首を振った。これ以上、何も話さないでくれという意味だ。宇七は黙って自分の部屋に戻った。
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