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(三)仁左衛門の大目玉
「宇七郎…!ここへ参れ!」
数日後の朝、血相を変えた仁左衛門が宇七を呼び出した。
「おぬし…新之丞に悪所通いを指南したな⁉」
「はて…なんのことでございましょう。」
悪所とは遊郭のことだ。宇七は空っとぼける。
「これを見よ!伊勢から小豆太夫の文が参っておる!新之丞さま江、ごきげんよろしく、また御一緒に甘酒をすすりとうございます、あらあらかしこ、小豆太夫…とな!」
「これはこれは。小豆太夫ではなく、おまめだゆう、お豆さんでございますな。」
仁左衛門が宇七を睨みつける。
「…どのような女郎じゃ、お豆太夫、とは?豆のように艶やかなのか?」
「えぇと…お豆というか、豆狸というか…」
「豆狸⁉」
「お座敷の女太鼓持ちというか…」
「よいか、宇七郎。新之丞はこのご家中の指折りの功臣の家系。近いうちに上様直々か、少なくともご家老さまの御仲立ちにてそれなりの家柄の娘と一緒になるのじゃ。…それを、おぬしは…」
「話すと長くなりますが、遊郭に行きましたのは、隠密行動のためですよ。」
「おぬしひとりで行け!」
「流れからいって、それは無理でした!」
ため息をついて、仁左衛門が宇七に聞く。
「して、おぬしはどのような女郎を抱いたのじゃ?」
「それは…」
「まさか、情が移ったなどとは言わぬじゃろうな。おぬしにもそれなりの縁談を考えておる。」
「いや、それは困ります。」
「困る?」
「はい。困ります。」
どうしよう。おたねと一緒になりたいなどとは、口にできない。
「俺は女は嫌いです。」
「嘘をつけ。」
「嫌いになりました。」
「まさか、道中で好いた女子ができたな?」
「…」
「良いか、おぬしは好きな女子と一緒になれるような立場にない。そもそも旗本とはいえ、次男は嫁取りもむずかしいのだ。それを所帯を持たせてやろうというに…」
「けっこうです。俺は俺で好きな女を思い続けていたいんです。」
「ぬぁっ、わからんやつめ。」
仁左衛門はため息をつくと、宇七を睨んだ。
「この話はまた後ほどいたす。上様より御殿医の千賀さまへお使いじゃ。こたび上方より持ってきた本草を御届けしてこい。」
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