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好川の想いを背広の内ポケットにしまい、森山は川澄の元へと歩み寄った。
「川澄! 今、良いか?」
振り返った川澄は、頬を赤らめる。
「森山君、どうしたの?」
川澄の正面に立った森山は、内心頷いた。
――改めて見ると確かに美人だな。まぁ、小動物系女子がタイプの俺には、いまいち良さが分からんけど。
無言のままの森山に、川澄は首を傾げる。
「森山君……?」
「ああ、悪い! 実は川澄に渡したいものがあって、それで」
「川澄ーちょっと良いかー?」
森山の言葉は、ふいに響き渡った野太い声によってかき消された。森山と川澄が視線を変えた先にいたのは水口課長だった。
「はい! 課長、今行きます!」
川澄は「ごめんね」と、手を合わせると、小走りで去っていく。
「あ、ちょっと、待って」
「俺は待たれへんで、森山」
肩を掴まれる感触に、森山は首を捻った。いつの間にか森山の背後に、直属の上司である魚崎係長が立っていた。
「午後のプレゼン資料、用意できたん?」
森山は口を開けて固まる。
「その様子やとまだやな」
魚崎は切れ長の目を、さらに細めた。
「もう時間ないんやで。さっさと終らせて、はよ俺んとこ持ってこんかい!」
「はっ、はい!」
背筋を伸ばし、自分のデスクに戻りかけた森山は、一瞬、動きを止める。
「あのー、係長、すみません」
「何や?」
「実はお願いがあるのですが……」
森山は背広の内ポケットを探り、好川のラブレターを取り出した。
「これを川澄に渡して頂けませんか?」
「何やねんそれ?」
眉根を寄せる魚崎に、森山は言い淀んだ。
「内容は言えませんが、伝言メモです。これから手が離せなくなりそうなので……」
魚崎は角刈り頭を掻いた。
「よう分からんけど、とにかく川澄に渡せば良いんやな?」
森山は目を輝かせる。
「はいっ! なるべく早くお願い致します!」
お辞儀をすると、森山は背を向けた。その後ろ姿を見送りながら、魚崎は腕を組む。
「何なんや一体?」
魚崎はオフィスの隅にある、コーヒーメーカーの前に立った。
「森山が川澄に伝言……?」
魚崎はマグカップを置いて呟く。無意識に森山から渡された伝言メモを手にした。
――待てよ、もしかしてこれ、プライベートの話ちゃうんか。せやったら勝手に見んのまずいよな。コンプライアンス的にもアウトやろうし。
魚崎は手を震わせる。
――ああ、でも気になってしゃあない! まぁええか。別に絶対に見るな、とも言われてへんしな。
自分に言い聞かせ、伝言メモを開いた魚崎は息を呑んだ。
――これ、ラブレターやないか! 森山のやつ、密かに川澄のことを! ん? 待てよ……。
魚崎は勢い良く顔を上げた。振り返り、水口と話す川澄の横顔を凝視する。
――そう言えば、川澄は森山のことが好きやって、同僚の誰かが言ってたな。それってつまり……!
魚崎の横で注がれ続けたコーヒーが、マグカップから一気に溢れ出す。
「相思相愛やがな!」
魚崎は口元を押さえた。
――いや、ホンマに言うてる!? そんなことってある? しかも手紙て! ピュアか! 森山可愛い過ぎやろ!
「あの、魚崎さん? コーヒーが大変なことになってますけど」
通りすがりの同僚に声をかけられ、
「今それどころやないっ!」
と、魚崎は凄んだ。男性の同僚は「ひっ」と短く悲鳴を上げる。
「あ、やなくてごめんな! 後で片付けるから、置いといて!」
呆然と立ち尽くす同僚を尻目に、魚崎は急いで自分のデスクへと戻った。
「こんな淡白な文章あかん! 俺が二人のために、もっとドラマチックに書き直したるわ!」
独り言を呟きながらペンを走らせる魚崎を、同僚達は避けて通っていく。数分後、
「できた! これやっ!」
と、魚崎は叫んだ。
「念のため、もっかいチェックしとこか」
『失礼を承知で、僕はこの手紙を貴方のために書かずにはいられない。それほどまでに、僕の胸の中は貴方への愛に満ちているのです。文字だけでは伝えきれない、貴方への想いを、僕は本当の言葉で伝えたい。今夜八時、駅前展望レストランにてお待ちしております。窓際の美しい夜景を前に、僕達二人の将来について語り合いましょう』
「原型からちょっと変わってもうたけど……まっ、ええやろ!」
魚崎は満足そうに何度も頷いた。
「よっしゃ! あとはこいつを川澄に渡すだけやな!」
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