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魚崎が顔を上げると、ちょうど水口と川澄が話し終えたところだった。
「しめたっ、チャンスや!」
こちらに向かって歩いてくる川澄に、
「おーい、話が」
手を上げかけた魚崎は、
「おう、ちょうど良かった。魚崎、ちょっと来てくれ」
水口に手招きされて「はいっ!?」と、声を裏返した。魚崎のすぐ横を、川澄が素通りしていく。
「あっ、ちょ、川澄……」
「魚崎ー?」
「はいっ、今行きます!」
川澄に声をかけるタイミングを失い、魚崎は観念して水口の元へと急いだ。
「何でしょうか?」
「うむ、実はな……」
組んだ指の上にたるんだ二重顎を乗せ、水口は目を閉じる。魚崎は生唾を飲み込む。
――要件があるならはよ言うてくれや。俺は今すぐにでも川澄に森山の想いを届けなあかんねや!
魚崎の願いが通じたのか、水口は口を開く。
「よくやったな、魚崎」
穏やかな声を出す水口に、魚崎は「はい?」と間の抜けた声で訊き返す。
「この前、魚崎が担当する得意先から直接電話があってな。『御社の魚崎係長の企画内容は素晴らしい。是非採用の方向で』とのことだ」
水口は突き出た腹を揺すりながら、豪快に笑った。
「このことをまだ伝えてなかったからな! これからも頼むぞ、魚崎!」
魚崎は呆気にとられた。
――何やそれ、そんな話、今せんでもええやん! ほんま時間の無駄やで。
眉根を寄せる魚崎に、水口は怪訝そうな顔になる。
「何だ魚崎、嬉しくないのか?」
訊かれて魚崎は慌てふためく。
「いえっ、光栄です! これも全て、尊敬する水口課長のご指導のお陰です。本当にありがとうございます!」
「そ、そうか。だったら良いんだが……ところで魚崎、君も私に何か用があったように見えたが?」
――用があったんはあんたにやなくて、川澄の方や!
魚崎は内心苛立ちながら、ぎこちない笑顔
を浮かべた。
「いえ、ございません。失礼致します」
魚崎は頭を下げて踵を返す。魚崎が足早に去っていこうとする時、彼のズボンのポケットから何かが落ちるのを水口は目にした。
「魚崎、何か落としたんじゃないか?」
聞こえなかったのか、魚崎が立ち止まることはなかった。水口は「やれやれ」と、重たい腰を上げる。
「魚崎は仕事はできるが、せっかちなところがあるよな……ところでこの紙切れは一体」
紙切れを拾い、広げた水口は目を見開いた。
「こ、こ、これは……!」
水口は片手で顔を覆い、太い指の隙間から目を覗かせる。
――ラブレター!? 一体誰が誰に……まさか!
水口は自分の胸元を鷲掴みにする。
――魚崎が、俺に!?
水口は魚崎がいる方向に目をやった。
――いやいやいや、そんなはずはない。でも、それならさっきのぎこちない態度にも納得がいく……。
水口はラブレターを強く握りしめた。
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