伝言告白大作戦

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 水口は巨体を揺らしながら、魚崎に迫っていった。 「魚崎!」 「は、はいっ!?」  魚崎がすっとんきょうな声を出す。 「その、何だ」  熊のような大柄の男が恥じらう姿に、魚崎は青ざめた。 「な、なん、何でしょうか、一体?」 「魚崎」 「はい」 「お前は」 「はい」 「俺のことを本当に」  言いかけて水口は下唇を噛んだ。 「すまん! やはり言えん!」  拳を固めて俯いたかと思うと、水口は急に駆け出した。 「課長! どちらへ!?」  魚崎の制止を振り切り、水口はオフィスから飛び出す。 ――魚崎、俺は上司として、一人の男として、お前の想いを正面から受け止めてやるからな!  もはや転がるように水口が去っていったあと、魚崎はため息交じりに呟いた。 「不気味なおっさんやな……」 「あの、何かお困りですか?」 「うわっ、びっくりした!」  魚崎は半歩飛び退いた。気づけばすぐそばで、川澄が微笑んでいた。 「すみせん係長、別に驚かすつもりはなかったのですが」 「いや、大丈夫や。ボーッとしてた俺が悪い」 「どこか具合でも悪いんですか?」  心配そうに覗き込んでくる大きな瞳に、魚崎はドキリとした。 ――近くで見るとやっぱ川澄はペッぴんさんやなぁ。ああ、いやいや。そうやなくて。  魚崎は咳払いをする。 「俺は健康そのものや! ちょっと落としもんを捜しとっただけやねん」 「そうでしたか……私も手伝います!」  髪を耳にかけて川澄は屈んだ。 「どの辺りで落としたか、心当たりはありますか?」  懸命にデスクの下を確認し始める川澄に、魚崎は胸が熱くなった。 ――人の為にここまで親身になれるなんて、何てええ娘なんや。こんな娘に好かれて、森山、お前はほんまに幸せもんやなぁ。  魚崎は頬に涙を伝わせた。 「係長、どうやらこの辺にはないようです」  視線を床下から魚崎に移した川澄は、目を見開く。 「係長!? 一体どうされましたか?」  魚崎は袖で目元を拭った。 「お前ら二人は絶対、幸せにならなあかん」 「すみません、おっしゃってる意味が……」  返事をする代わりに、魚崎は川澄に詰め寄る。 「ええか、川澄。よう聞けや」  魚崎の眼力に、川澄はたじろいだ。 「は、はい」 「クッキーや」  川澄は目を瞬かせる。 「どういう意味ですか?」 「さっき森山と話してたんやけどな。駅前展望レストランで今夜限定販売されるクッキー、森山の大好物らしいで」  川澄が俯く。 「それが……どうかしたんですか?」 「ごまかす必要はあらへん」  魚崎は穏やかに微笑んだ。 「森山のこと、好きなんやろ?」  川澄が顔を上げる。潤んだ瞳に赤く染まった頬が、川澄の本音を物語っていた。 「どうしてそれを……?」 「ただの勘や。そんなことより、今日の残業は俺に任せてはよ上がりや。捜しもんも、もうええから」  川澄は表情がパッと華やいだ。 「はいっ! ありがとうございます!」 ――よしっ、予定とはちゃうけど、これで上手くいくはずや!  魚崎が軽やかな後ろ姿を見送っていると、 「係長! プレゼン資料間に合いました!」  森山が隣で肩を上下させていた。 「遅いわ! チェックするからはよ!」  資料を手渡す時、森山は魚崎に耳打ちする。 「ところで係長、川澄さんへの伝言は?」  魚崎はニヤリとした。 「俺を誰やと思てんねん。抜かりないわ。それに」  魚崎はわざとらしく顎をさする。 「何や知らんけど川澄、めっちゃ嬉しそうな顔しとったなぁ」 「マジ、ですか……? よっしゃぁ!」  森山はガッツポーズをすると、雄叫びを上げた。 「急に叫んだりして、どうしたの?」  通りがかった好川が近づいてくる。 「聞いてくれ、好川! 脈アリだぞ!」  ワンテンポ遅れてから、好川が訊き返す。 「……へ? ってことはまさか」 「そのまさかだ! 両想いだったんだよ!」  数秒間放心していた好川の目から、突然、大粒の涙がこぼれた。 「な、何泣いてんねん、好川」 「すみません、あまりにも嬉しくて、つい」 「バカ、泣くほどのことじゃねぇだろ」 「森山ぁ、僕は生きてて良かったよぅ」  震える声を出す好川の肩を森山が叩く。二人の部下のやり取りを前に、魚崎の視界が揺らいだ。 ――森山の恋が実って泣くほど嬉しいやなんて……好川、お前どんだけ同期想いのやつなんや! こんなん貰い泣きしてまうやろ。 「あれ? 係長も泣いてるんですか?」 「アホか、泣くわけないやろ! それよりも森山、はよ準備してプレゼン行くで!」 「そうでした! 資料はこちら」 「時間ギリギリや! 歩きながら確かめるわ!」 「分かりました、ではこのまま小会議室に!」  魚崎の背中を追う森山が、一度だけ好川を振り返った。 「頑張れよ!」  好川が親指を立てる。 「そっちも!」 ――青春やなぁ。好川が何を頑張るんかは、よう分からへんけど。  後ろから聞こえてくる掛け合いに頬をゆるめるも、魚崎は天を仰ぐ。 ――そう言えば川澄に『今夜八時』って伝え忘れたな……まぁ、ええか。森山も男や、何時間でも待ち続けるやろ! 「係長! 早く!」  エレベーターの扉を手で抑えながら、森山が声を張る。 「えらい気合入ってんなぁ! 待っとけ! すぐ行くわ!」 ――はよ仕事片付けて、森山の勇姿を見届けにな! ※
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