24人が本棚に入れています
本棚に追加
※
翌日、胸を踊らせながら森山は、
「おっす、好川! 昨日は楽しめたか?」
意気揚々と出勤するも、好川は押し黙ったままキーボードを叩いている。
「あれ、好川? おーい、好川ってば」
「何?」
冷めきった返事に、森山は眉根を寄せる。
「何でそんな不機嫌なんだよ。せっかく憧れの」
「川澄さんは来なかったよ」
束の間の気まずい沈黙。破ったのは森山だった。
「何でだよ? 伝言は上手くいったはずだぞ。それに嬉しそうだったって係長が」
「僕の大事なラブレター、係長にも見せたんだね」
刺すような視線を向けられ、森山は狼狽えた。
「違う、それは誤解だ! 係長には何も話してない! あくまで伝言を託しただけで」
「じゃぁ、何でレストランに係長がいたの?」
森山は固まった。
「係長がレストランに……?」
「しかも課長まで」
好川は頭を抱え、震え出した。
「僕はレストランで川澄さんを待ってただけなのに……突然隣の席から『何でお前やねん!』って怒鳴られて、そしたらタキシード姿の課長が現れて、それで」
「森山ぁ! どこやぁ!」
好川の言葉の続きをかき消す怒号に、森山は肩をビクつかせた。
「か、係長!?」
「そこにおったんか! 森山……お前のせいで俺は」
大股で魚崎が森山に迫ってきた、その時。
「う〜お〜ざ〜き〜く〜ん」
不気味な声に、魚崎は凍りついた。
「嘘やろ? 上手く撒いたはずやのに」
怯える魚崎の視線の先を追った、森山の二の腕に鳥肌が立った。オフィスの入口扉から半分だけ顔を覗かせた水口が、目を弓形に曲げている。
「恥ずかしがらなくても良いんだぞ。この俺が手取り足取り教えてやるから……な!」
水口にウィンクされ、魚崎はえずく。
「ほんまに勘弁してくれや! 俺にそんな趣味はないんやって〜!」
「ふははっ、可愛いやつめ、逃がさんぞ〜!」
魚崎を追い回す水口の姿に、森山は目眩を覚えた。
「一体どうなってるんだ?」
「あの、すみません」
背後から声をかけられ、森山は、
「何だよ! どう見ても今取り込み中だって分か、川澄!?」
思わず二度見をする。
「ごめん、森山君、今忙しいよね?」
川澄は申し訳なさそうに語尾を萎ませた。
「いや、忙しくない、ことはないけど、どうした? 川澄?」
川澄は口を引き結ぶと、手にしていた赤い紙袋を掲げた。
「これっ、良かったら森山君に!」
川澄は紙袋の色に負けないぐらい赤面する。
「駅前展望レストランの限定クッキー、昨日早く仕事上がれたから買えたの」
森山は人差し指で自分をさす。
「これを俺に?」
「いらない、かな?」
上目遣いになる川澄に、森山はひったくるように紙袋を受け取った。
「いるいる! ありがとな、川澄!」
――本当は俺、クッキー苦手なんだけどな。
本音は飲み込み、森山は笑った。
「良かったぁ、嬉しい! 五時から二時間並んで買ったかいがあった!」
「に、二時間も!」
「あ、ごめん! 嫌味じゃないからね。私は森山君の喜ぶ顔が見たかっただけで」
「待ってくれ、それは」
「どういうことだ〜森山ぁ〜!」
ただならぬ殺気を感じ、首をゆっくり回した森山は目を剥く。好川が鬼の形相で佇んでいた。
「初めから僕を笑い者にして、自分だけ美味しいとこ持っていくつもりだったのかぁ?」
「違う、誤解だ! 決してそんなつもりは」
「『誤解だ』は聞き飽きたよ……もう許さないぞ、森山ぁ!」
好川に首を締められ、
「好川君ばっかりズルい。私にも構って?」
腕に川澄の胸を押し当てられ、
「係長命令だ! お前が何とかしろ!」
「魚崎、こんな若造なんて許さんぞ。相談なら課長である俺にって言ってるじゃないか。無論、個室で二人きりで」
おっさん達に髪を引っ張られる森山は、叫んだ。
「どういうことか、頼むから誰か説明してくれぇ〜!!」
最初のコメントを投稿しよう!