硝子の中の松笠

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「ママ!」  陽乃が、なぎにとびついた。 「陽乃、ママはお疲れなのです。休ませてあげましょう」  啓太が陽乃を抱き上げる。 「なぎ、無事で何よりです」 「啓太、心配をかけて、ごめんなさい」 「心配させて下さいよ。家族なんですから」  啓太は寝不足の目を細め、微笑む。一晩寝ずに、なぎと陽乃の聴取が終わるのを待っていたのだ。  今日は土曜日。陽乃は学校が、啓太は仕事が休みだ。  ピザとフライドチキンとポテトをテイクアウトし、3人で帰路に着く。 「松ぼっくり!」  陽乃は、地面に落ちた松ぼっくりを拾った。 「パパ、空き瓶ある?」 「ありますよ。陽乃がこっそり舐めていたタルタルソースの瓶を、洗って消毒しておきました」 「パパ、はるちゃんがタルタルソース舐めてたの、気づいてたの……?」 「もちろんです。スプーンでごっそり掘っていたでしょう」 「……啓太、久々のテンションだね」  啓太が3交代性の看護勤務をしていた頃、夜勤明けでこんな饒舌になっていた。懐かしい。 「素敵な親子……家族ね」 「羨ましいわ」  すれ違いざまに、近所の人が言ったのが、なぎの耳に入った。 「はるちゃん、パパもママも大好き!」 「俺も、陽乃もなぎも大好きです」 「あたしも、陽乃も啓太も大好きだよ」  風呂に入って、テイクアウトしたランチを食べて、3人とも眠くなってしまった。 「陽乃、何してるの?」 「松ぼっくりさん」  陽乃は小さなタッパーに水を張り、その中に松ぼっくりを入れた。 「水を吸うと、かさが閉じるの。乾くとまた開くの」 「それで瓶の中に入るのね」 「うん。瓶に水を入れると、松ぼっくりはまた閉じるんだよ。そうしたら、また瓶から出せるの」  ガラス瓶の中の松ぼっくりの謎が解けた。ガラス瓶の中の松ぼっくりは、まるで陽乃のようだ。入れないと思われがちな場所に工夫して入ってしまい、出られないと思った場所から工夫して出てしまう。きっと陽乃も、何か起こっても臨機応変に対応して切り抜けてしまうかもしれない。 「はるちゃん、眠くなっちゃった」 「ママも眠くなっちゃった」 「パパはお昼寝がしたいです」  リビングに3人分の布団を敷いて、ごろんと横になる。 「今度、あたしも担任の先生とお話しに行くね」 「そのときは、俺も一緒に行きます」 「はるちゃんも!」  陽乃は、天井に向かって手のひらを開いた。そこに“心珠”が出現していることを、なぎは知っている。  啓太も手を伸ばして“心珠”を出現させた。天井のクリーム色に負けそうなくらい薄灰色の“心珠”が宙に煌めく。  “心珠”を出現させることができるふたりが、なぎは羨ましくなってしまった。もしかしたら、一生自分の“心珠”は出現しないかもしれない。  普通になりたい。そう思いながら、普通とは程遠い道を進んできた。これからも、普通になることに憧れてしまうだろう。それでも、自分を受け入れてくれる愛する家族がいる。  幸せを噛み締め、なぎも天井に向かって手のひらを開いた。
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