硝子の中の松笠

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硝子の中の松笠

 自分に無いものに憧れる。それは、人の性分なのかもしれない。 「……で、その女の子の心珠(しんじゅ)が見たくて背後から覗き込んだら、バスが揺れて抱きついちゃった……ということですね?」  交番勤務の巡査、浅川なぎが訊ねると、痴漢容疑で突き出された男は力なくうなだれた。 「はい。反省しています」 「何を?」 「バスの中でバランスが取れずに、よろけた拍子に抱きついてしまったことです」  男の反省を聞いたなぎは、ぎり、と歯をくいしばった。この男はわかっていない。それをどのように伝えようか、悩むところだ。  まあまあ、と所長がなだめに入った。 「世の中には、心珠を勝手に見られるのが嫌だって人もいるからね。これからは無理して覗き込んじゃ、駄目ですよ。今日みたいに聴取を受ける羽目になるからね」  男は、大層驚いたように、目を見開いた。 「心珠を見られたくない人もいるんですね! 信じられません!」  それを聞いたなぎは、自分の中で何かがシャットアウトされたことに気づいた。それを無理矢理言語化すると、「価値観の違いが大き過ぎて理解し合えない」となる。  交番を出た男は、手のひらを開き“心珠”を出現させた。10cmほど浮いた空気中に、直径3cmほどの珠が現れる。  人はそれぞれの“心珠”をもって生まれる。  本人が念じれば手の中で出現させられる“心珠”は、急速に文明が発達し続けている今日でも謎に包まれたままだ。  触れることができない“心珠”には、ひとつとして同じものがない。それぞれがそれぞれの色と(きら)めきを宿している。
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