硝子の中の松笠

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 夕飯は、啓太の地元の郷土料理である「おっ切りこみ」である。世間はすっかり秋だ。煮込み料理が美味しい季節になった。  温かいおっ切りこみで胃も心も満たされたなぎは、こっそり陽乃を覗きに行った。  外国人の血が混ざっているのか、白い肌に高い鼻の陽乃は、無垢な寝顔で夢の世界に浸っていた。 「なぎ、少々よろしいですか? 陽乃のことで」  啓太に申し訳なさそうに言われ、なぎは現実に引き戻された。 「学童に陽乃を迎えに行ったときに、担任の先生に会って、言われたのです。陽乃、クラスで浮いているみたいで」  学校と学童クラブは別物だが、陽乃を預けている学童クラブは小学校の敷地内にあり、学童クラブの玄関は学校の職員室から見える場所にある。啓太が来校したタイミングを見計らって、担任が声をかけてきたらしい。 「陽乃はいつもテストで満点を取る子です。誰にでも優しく、他の子が嫌がってしまうような仕事も率先してやってしまいます。先生は、それを評価して下さいました。ですが、そんな陽乃が原因で心珠が淀んだ、と塞ぎ込んで不登校になってしまったクラスメイトがいるそうです」  成績が良く、誰にでも優しく、他の子が嫌がる仕事も率先してやる。“心珠”は淀みがなく、煌めいている。そんな児童がクラスにおり、皆の人気者だった。陽乃が転校してくるまでは。  陽乃にポジションを奪われた、と思ったその児童は、“心珠”に黒い淀みが生じるようになり、心を閉ざし、不登校になってしまった。 「その子に再び登校してもらうには、陽乃に態度を改めてほしいと言われました。勉強の手を抜いても良いから道徳を学び、少しは遠慮を覚えてほしい。それに、陽乃は学校でも心珠を出すことがないらしく、それを『普通じゃない』と言うクラスメイトもいるそうです。授業でない自由時間には、他の児童のように心珠を出して見せてほしい、とも」  啓太は眉をしかめ、腕を組んだ。 「先生の前では承知したふりをしましたが、正直、納得致しかねます。心珠が淀んでしまった子には気の毒ですが、だからといって陽乃がどうこうというのは違う気がするのです」  なぎはすぐに言葉が思いつかず、ふたりの間に沈黙が訪れた。それを破ったのは、啓太だった。 「……申し訳ありません。父親らしいことが何もできず」 「……あたしも、ごめんなさい。陽乃のことを啓太に任せきりで」  夫なら、妻なら、父親なら、母親なら云々……そのような文句は時代錯誤だが、それを差し引いても、自分は何もできていない。なぎは自分を恥じた。
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