12人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
硝子の中の松笠
自分に無いものに憧れる。それは、人の性分なのかもしれない。
「……で、その女の子の心珠が見たくて背後から覗き込んだら、バスが揺れて抱きついちゃった……ということですね?」
交番勤務の巡査、浅川なぎが訊ねると、痴漢容疑で突き出された男は力なくうなだれた。
「はい。反省しています」
「何を?」
「バスの中でバランスが取れずに、よろけた拍子に抱きついてしまったことです」
男の反省を聞いたなぎは、ぎり、と歯をくいしばった。この男はわかっていない。それをどのように伝えようか、悩むところだ。
まあまあ、と所長がなだめに入った。
「世の中には、心珠を勝手に見られるのが嫌だって人もいるからね。これからは無理して覗き込んじゃ、駄目ですよ。今日みたいに聴取を受ける羽目になるからね」
男は、大層驚いたように、目を見開いた。
「心珠を見られたくない人もいるんですね! 信じられません!」
それを聞いたなぎは、自分の中で何かがシャットアウトされたことに気づいた。それを無理矢理言語化すると、「価値観の違いが大き過ぎて理解し合えない」となる。
交番を出た男は、手のひらを開き“心珠”を出現させた。10cmほど浮いた空気中に、直径3cmほどの珠が現れる。
人はそれぞれの“心珠”をもって生まれる。
本人が念じれば手の中で出現させられる“心珠”は、急速に文明が発達し続けている今日でも謎に包まれたままだ。
触れることができない“心珠”には、ひとつとして同じものがない。それぞれがそれぞれの色と煌めきを宿している。
最初のコメントを投稿しよう!