トラウマ

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 一国の宰相ともあろう者が、この体たらくとは...。だが、首相も人の子だ。だからといって、ここに大人しく残ることはしない。  この群衆の中だ。まだ、そう遠くへは逃げてはいないだろう。  圭一は虫の息の工藤さんを残し、必死に犯人を探した。おそらく、工藤さんは助からないだろう。サバイバルナイフで一突きされたら、生存確率は低い。こんなところで、冷静になっている自分が嫌になる。  あのとき、どうして声が出なかったのか?恐怖で声が出せなかったなんて、今思えば、SP失格だ。いや、もっと言えば人間失格だ。  男を見失う。そして、工藤さんは凶行の刃に斃れた。唯一、山中首相はかすり傷ひとつ、負わずに済んだことが、収穫だった。  工藤さんは山中首相を暴漢から救ったSPとして、二階級特進の殉職となった。  白羽の矢は、当然、いっしょに任務にあたっていた圭一に立った。圭一は何をやっていたのか?工藤さんを守れず、暴漢も取り逃がす始末。これでは面子丸つぶれである。  もちろん、今回の悲劇の責任は警備課主任にあるとして、記者会見に主任が臨んだ。本当は圭一に責任があるのだが、そこは主任が矢面に立ったおかげで、火の粉を浴びることはなかった。  ただ、SNSやyoutubeなどでは、襲撃のシーンが何度も再生され、いっしょにいたSPは誰だったのかと、犯人探しが盛り上がった。  だから、ある程度の情報化社会なら、簡単に圭一だとわかる。圭一は署内でも、街中でも肩身の狭い思いをした。
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