(2)体調不良が招いた出会い

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 恐らく相手も、自分以外にまだ人が残っていたことに驚いただけだろう、と思った。  それに――。 (私、幽鬼みたいにふらつきながら乗り込んだもんね。悲鳴を上げられなかっただけマシだったのかも)  そう心の中で自己完結する。  いつもなら、こんな風に誰かと二人きりともなれば、一応の社交辞令として微笑を浮かべて軽く会釈(えしゃく)くらいはするのだけれど。残念ながら今そんなことをしたら倒れかねない。  心の中で『無愛想ですみません』と謝って、エレベーター内の手すりに(すが)り付くようにして何とか座り込むのだけは回避した。  上階から降りてきた箱に先約がいたならば、それは重役の可能性が極めて高い。  そんな単純なことにも気づけないほど、今の天莉(あまり)は限界だったのだ。 ***  いつもなら定時過ぎにエレベーターへ乗り込むと、多かれ少なかれ途中途中で他の社員たちが乗り込んでくるはずの箱の中。  さすがに遅い時間だからだろう。  今日に限っては、気まずいくらいに天莉とその男性以外に新たな人が乗り込んでくる気配はなかった。  結果、最初にお愛想を出来なかった事が、ドヨンと重く天莉の心にのし掛かってくる。  天莉はひとり、ギュッと手すりを握って箱の隅っこで冷や汗を流しながら、早く下に着けばいいと願ったのだけれど。  その願いのたまものだろうか。  平時よりも目的階に着いたように感じた。  扉が開く気配を感じた天莉は、階数表示を確認したいのに気持ち悪さマックスで顔を上げることが出来なくて。 (そう言えば私、行き先ボタン……)  そこで、今更のようにそんなことに思い至る。
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