(9)貴方にだけは知っておいて頂きたい

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 エレベーターを待っている間や、歩いている道すがらなど、散々ネチネチと愚痴られ続けていい加減勘弁してください、と思い始めたころ、やっと(じん)の執務室に着いた。 (長かったぁぁぁ……)  実際には下から総務課のある七階フロアまでエレベーターが上がってくるのに時間が掛かっただけだったので、天莉(あまり)としては課長がエレベーターを待っている間、ひとり階段で八階まで上がって、箱がくるのをエレベーターホールで待っておきたいくらいだった。  そうすればお小言タイムが少しは軽減されたかも知れないのに。 (口答えせずよく耐えたわ、私。偉いぞ)  一言えば十返って来ることは分かっていたのであえて何も言わずに課長の嫌味を聞き続けた天莉だ。  目的地にたどり着いたのがこんなに嬉しかったことはないかも知れない。  【役員室】と札の掛かった扉の前に立つと、課長がわざとらしく姿勢をただして。 「玉木くん、分かっているね? キミは今から私の影だ」  そう言われて課長の後ろへ黙って立ちながら、天莉はここへ来るのは〝あの夜〟以来だなと思って。  でも、考えてみたらこんな風に扉を外からまじまじと見たのは初めてだと気が付いた。 (あの時は私、気を失ってたから)  恐らく(じん)が自分を抱えてこの扉をくぐったんだろうと想像して、ぶわりと頬が熱くなって。  天莉は慌てて気持ちをそこから引き剥がした。  そうこうしているうちに課長が扉をノックして、「総務課の風見(かざみ)です」と名乗ったのを機に、中から扉が開かれる。  どうやら(あらかじ)めドア付近に秘書の伊藤直樹が控えていたらしい。 「お待ちしておりました。どうぞお入りください」  直樹に(うなが)されて課長の後ろへ付き従うようにして中へ入ると、尽が机に就いた状態でこちらへ鋭い視線を送ってきた。  天莉はここ数日自分と一緒にいた甘々な高嶺(たかみね)(じん)と、いま目の前にいる猛禽類(もうきんるい)のような〝高嶺常務〟は別人ではないかと思って。 「とりあえず掛けなさい」  スッと目を(すが)めるようにしてこちらを見詰めてきた尽から、以前自分が寝かされたソファとは別の応接セットへ目配せされた。
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