(9)貴方にだけは知っておいて頂きたい

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「はっ、……えっ?」  (じん)の言葉を受けた課長が、『そうなりますよねぇー、分かります!』という間の抜けた顔になって。  うまく言葉が(つむ)げないみたいに口をパクパクさせながら、天莉(あまり)と尽を交互に見比べる。 「た、まきくんと……高嶺(たかみね)常務が……?」 「はい、彼女と私が」  天莉が、(この人、普段は〝俺〟と称するくせに、公の場では〝私〟なんだなぁ)とかどうでもいいことを思ってしまうのは、彼女も大概今の状況に順応しきれていないからだろう。  そんな天莉と課長を置き去りに、 「伊藤くん、例のモノを持ってきてくれるかな?」  尽が、戸口付近でどこぞの大貴族に仕える執事よろしく静かに(たたず)んでいた直樹に声を掛ける。 (例のモノって何? 今度は一体何が出てくるの?)  当事者であるはずの天莉もそう思ったのだ。  部外者に近い課長が落ち着かない様子で、指示を出された直樹の動きに注視したのは致し方ないことだろう。  尽の言葉を受けた直樹が、主人に軽く会釈を返すと、尽のデスクから一葉の書類を手にして尽へ手渡した。 「――天莉、キミに来てもらったのは他でもない。風見課長にもお力添えを頂いて、この書類を仕上げてしまいたくてね」  言われて目の前に広げられたのは、小豆色で印刷されたA3サイズの書類。  シンプルな見た目のそれには、左肩に【婚姻届】と印字されていた。  天莉がそれを見て瞳を見開いたのは当然の反応だ。  だってその書類は、先日尽の家で天莉が書かされた猫柄の可愛いのとは明らかに違っていたのだから。 (な、んで……また婚姻届!? 前のはどこに行っちゃったの?)  当然目の前に広げられた小豆色の書類はまっさらで、天莉には何が何やらさっぱり分からない。 「え、あ、あのっ……」  疑問を挟もうとしたら、握られた手に力を込められてグイッと尽の方へ引かれて。  スッと彼の唇が耳元へ寄せられた。
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