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「天莉の書く字は本当に繊細で女性らしいよね。実に俺好みの文字だ」
書き終えたと同時、ついっと距離を詰めてきた尽に、手にしたままのペンをスッと抜き取られざま、そう耳打ちされて。
天莉は予期せぬ不意打ちに思わずビクッと肩を跳ねさせた。
そんな自分たちの茶番を、課長がずっとうかがうように見ているのが、天莉はどうしても気になって仕方がない。
尽が天莉から引き取ったペンをスーツの胸ポケットに仕舞ったと同時、直樹が別のペンをサッと添えて、書類の向きをくるりと変えた。
天莉がまさか、という思いで見つめていたら、尽が「風見課長にはこちらを埋めて頂きたいのです」と、証人欄を指さして。
天莉は『(偽装とは言え)何でそれを彼に頼みますかね!?』と思わずにはいられない。
「えっ、わたくしが、ですかっ?」
課長の言葉にもっともだと心の中で激しく同意しながらすぐ隣に座る尽をそわそわしながら見詰めたら、二人の疑念を封じるみたいに尽が言葉を継いだ。
「風見課長は私の大事なフィアンセの上司でいらっしゃいます。貴方は総務課内において、社員同士の先輩後輩などと言った縦の繋がりをとても大切にしておられると、そこの伊藤から報告を受けていましてね。この証人欄はそんな貴方だからこそ、是非とも埋めて頂きたいのですよ」
尽の声はとても穏やかだったけれど、それは暗に教育係だったからという繋がりだけで、いつまでも江根見紗英の仕事を先輩である天莉に押し付け、尻拭いさせていることを自分は把握していますよ、と示唆しているようにも聞こえて。
目の前で課長がヒュッと息を詰めたのが分かった。
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